<おっさん若者?>椎木里佳氏の古すぎる感性は「現代の若者」の縮図


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

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「『日本はイケてないっていう現実を突きつけられた。』椎木里佳が18歳に伝えたいこと。(https://cakes.mu/posts/13227)」というコラム。賛否両論のあろうが、現代のステレオタイプな若者像を反映した面白い記事である。

椎木里佳氏は「女子高生起業者」としてデビューし、現在は女子大生社長としてメディアに頻出している18歳。この5月には、「『Forbes』が選ぶ30歳以下の世界を変える30人」に選ばれたことでちょっと話題になった。

30歳以下で時代や国を牽引するような活躍をする優秀な若者は日本にはいくらでもいるのに、特に実績のないタレント社長である椎木里佳氏がなぜ選ばれたの?・・・という誰もが感じる違和感は「大人の事情」もあるとは思うので、ここでは言及しない。

さて、冒頭の記事は、シンガポールでの授賞式で感じた「日本の評価」についての椎木氏へのインタビューだ。この内容を3行でまとめてしまえば、

 *今の日本は「イケてない」、海外から興味を持たれていない
 *「日本はイケてない」を日本人だけが認めていない/理解していない
 *このままだと日本は自らを過大評価したまま、世界から取り残されていく

・・・というもの。

これを読んで筆者がまず感じたことは、18歳という年齢にもかかわらず、そのあまりに古い考え方だ。現状把握や分析ができていないことは致し方ないとしても、その感覚があまりに前時代的だ。

具体的に同記事での発言を見てみよう。

*今の日本は「イケてない」、海外から興味を持たれていない

現在の日本をどの立ち位置で「イケているか、イケてないのか」と判断するのかはさておき、2016年の訪日外国人の数は、1月〜5月だけで見て972万88200人で、昨年の同時期の753万7679人からの29.1%増である。

東日本大震災が起きた2011年こそ下落しているが、近年の日本への訪日外国人数の増加は著しい。良きにせよ、悪きにせよ、日本が「訪れる外国人が多い国」ということは、理由はどうであれ「興味を持たれている国」である証拠だ。

【参考】<「プロ若者」って何?>なぜ、20歳の大学生は小学4年生になりすましたのか?

例えば、日本が「ダサいけど観光客が急増している国」ということであるとしても、それはそれで非常に「イケている国」の根拠であるように筆者には感じる。

一流のファッションブランドがアニメやゲーム、漫画などのオタク系コンテンツとコラボした商品も多い。「ダサオシャレ」のようなコンテンツは少なくない。むしろ、流行やマジョリティばかり追ってしまうことを「イケてない」と感じることが、本来の若い感性というものだ。

そもそも、「ダサかわいい」「ダサかっこいい」というギミックは、世界的にも大きな市場を持っている。

つまり、政治的な意図がなければ、日本はそこそこ「イケている国」と考えるべきなのだ。史跡や観光地に限らず、新宿や渋谷、原宿などの繁華街はもとより、いたる所に人種を超えて多くの訪日外国人で溢れている。この人たちは皆、嫌々日本に来ているのだろうか?

*「日本はイケてない」を日本人だけが認めていない/理解していない
*このままだと日本は自らを過大評価したまま、世界から取り残されていく

この2点に関しては、日本の実情はこの発言の「まったく逆」と考えるべきだ。

訪日外国人が世界中から集まり、(良きにせよ、悪きにせよ)関心を持たれている日本であるにも関わらず、当の日本人があまりにも自分たちを「過小評価」しすぎている。海外へのアピールがしきれずに、コミュニケーション不全、PR不全に陥ってることが、現在の日本ブランディングの最大の問題であるように思う。

日本人ほど、日本/日本人のことを過小評価している民族は、世界に類をみない。日本が世界に発信できるような事物はいくらでもあるに、日本人が一番、日本を「イケてない」と感じ、過小評価している。

むしろ、今の日本人に求められるのは、自らの過小評価をやめ、日本/日本人であることを「イケてる」と自信をもって、海外に打って出て行く前向きな意識である。P

このように、ちょっと柔軟に味方を変えれば、椎木氏の主張とは全く逆の日本の現在が見えてくる。

【参考】<日本美人はセクシーさや整形では表現できない>「世界で最も美しい顔100人」に日本人が少ないことが素晴らしい

さて、ネット時代の若い感性とは、常に、現在進行形で最新の情報と手法を取り入れ、権威主義的な非合理に対して、エビデンス(証拠)とロジック(理論)で、前時代の「権威」や「大御所」たちの経験論を論破をしてゆくことにある。

しかし、椎木里佳氏にはそれが見えてこない。むしろ、18歳にして「権威」の側にいるようにさえ映る。彼女の発言は、少なくとも筆者にはエビデンスのない感覚的で権威的な主張にしか見えない。ようは「単なるおっさん」だ。

物事を客観化したり、ロジカルに立論できないのは、「現在風」ではない。エビデンスとロジックなき主張はすぐに論破されるし、柔軟に変更したり、組み替えたりすることもできず、ネット時代のスピードに対応しづらい。

しかし、このような「根拠なく自己主張するだけの意地っ張り」のおっさんスタイルは、椎木氏に限った話ではない。現在の大学生を中心とした、多くの若者達に共通する「典型的な考え方」の一つであるからだ。

エビデンスよりも、自分の経験(感覚)に重きをおく。客観性よりも、根拠が不明でも、唯一無二の「自分の経験」を最大の拠り所と価値(プライスレス)として、現状や社会を断定する。椎木氏の場合は、日本を「イケテない」「間違っている」「古い」と断定している。根拠なき断定は、「おっさん」の専売特許だったはずなのに。

現在はネットを利用して、かなり深い情報、客観的な情報も容易に入手できる。そんな恵まれた環境にあるにも関わらず、「情報を見つけ出す」「ロジカルに組み上げる」というリテラシー能力を高めることができていない若者たち。

現在の30代後半から40代以上の世代に比べて、今の10代〜20代前半は、コンピュータリテラシーやIT発想への親和性が著しく低い。コンピュータがなくても、インターネットによって享受できるサービスは概ねスマホで代替できてしまうのだから、それは当然なのかもしれない。この皮肉な現実が若者をおっさん化する。

ところで、別の記事でも椎木氏は、

「クールジャパンの戦略担当大臣が60代っておかしくないですか?“カワイイ”ってどういうことか、ちゃんとわかっているんですかね。」http://www.news-postseven.com/archives/20160701_425824.html

という発言をしているが、これも同様だ。現在のクールジャパン戦略担当大臣の評価はさておき、何のエビデンスもなく「60代では若い感性は理解できない」という発想。年齢だけで人物を判断するという「おっさんスタイル」は、あまりに古く、貧弱だ。

ノーベル賞の受賞者の平均年齢は59歳。受賞のコアとなる研究は30代、40代の頃の研究であることが多いが、そこから絶えることなく研究を進め、新しい発想を生み出し続けることで、ようやくノーベル賞へと到達する。80歳でも、研究者としての一番イキの良かった20代、30代の頃の若い感性と感覚を維持し続けている「超若い人」ばかりだ。

ノーベル賞受賞者に「60代では若い感覚は理解できませんか?」と尋ねれば、全員が「ノー」と答えるだろう。もちろん、ノーベル賞は極端な例かもしれない。しかし、それをさし引いても、年齢と感性の老若は無関係だ。

しかし、このような良く言えば保守的、素直にいえば古臭い「おっさん若者」な感性は、大学生などの層に急増していると感じるのは筆者だけではあるまい。椎木里佳氏とは現代の典型的な若者像の縮図であるように思えてならない。

「若いのに老成」と言えば聞こえは良いが、単に「おっさん化による地盤沈下」であることは、誰の目にも明らかだ。その意味では、日本は本当に「ヤバイ状態」なのかもしれない。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・准教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員准教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。