<グローバル化と英語は無関係>ガラパゴス化は英国でも米国でも起こる


茂木健一郎[脳科学者]

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米大統領選でトランプさんが当選したことについての評価、振り返り、反省が世界中で続く中、私はこんなことを考えた。

「英語とグローバル化は、論理的に独立である」

・・・と。是非は別として、「グローバル化」に取り残された人たちの反乱だとしたら、その反乱した人たちは英語のネイティヴである。

英語をしゃべっているからと言って、グローバル化の波に乗っているわけではない。米国の小さな街で、米国の文化にひたって、外国の方や、異なる文化的背景の方ともあまり会う機会がなく、その中で暮らしている方は、むしろグローバル化とは真逆の生活をしているということになる。

グローバル化が常に正しいわけではない。グローバル化するからこそ、個々の地域のローカルな文化が大切になる。それは、最近の日本食に対する人気の高まりを見てもわかるだろう。一方で、世界の人たちが行き交う中で、異なる背景の者どうしが出会うということ自体は、必然の流れであるように思う。

【参考】なぜ日本には英語が喋れない「インテリ」がたくさんいるのか?

日本のさまざまな事象について、「ガラパゴス化」ということが言われているが、今年の政治の流れで明らかになったのは、ガラパゴス化は、英国でも米国でも起こっているということだった。つまり、英語を喋るかどうかということとは、関係がないということなのである。

グローバル化と、英語の関係は、必ずしもイコールではない。この状況を見抜くことは、教育の設計にも関係してくるだろう。英語は、どうせそれを学ぶのならば今の日本の英語教育よりはより効率的で本質的な学びを設計すべきだが、英語を学びさえすれば「グローバル人材」ができるわけではない。

福沢諭吉さんの『学問のすゝめ』や『西洋事情』といった著作は、日本語で書かれているが、当時の世界におけるグローバル化への道標となった。日本語だから、即「ガラパゴス」というわけではない。より大切なのは、精神性であり、態度である。

英語を学習するにせよ、大切なのは、どのような素材を教材として使うか、ということだろう。世界の多様性や、最先端の科学技術、思想などに触れることができる教材であれば(それが日本語でも同じことだけれども)、新しいこと、世界に開かれた精神を涵養する上で、役に立つことになるだろう。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。