他人を支える「強さ」と「助けて」と言えることはつながっている


 

茂木健一郎[脳科学者]

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人にやさしくなるためには、自分が強くなければならない。少なくとも、自立していなければならない。そうでなければ、人にやさしくなることはできない。

尾崎豊は、「僕が僕であるために 勝ち続けなきゃならない」と歌った。「勝つ」ということが何を意味するのかは、その人ごとに考えればいいし、また、「僕」は男性だけでなく女性も入るけれども、自分が自分であることを成り立たせていることは、考えなければならない。

他人にやさしくするために、他人を支えるために、自分がもっと強くならなければ、大きくならなければ、というのは、素敵な動機づけだと思う。庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』のラストの主人公の決意は、そのどうなものだったのだと思う。

【参考】スケートリンクに魚を埋めていた北九州のテーマパークの「失敗」

ここで、強くなるとは、必ずしも、身体を鍛えて筋肉むきむきとか、社会的に出世するとかいうことではない。むしろ、そのような、マッチョな志向を持つ人は、内面に弱さを抱えていることが多い。ここで言う強さは、むしろ、風の中の柳のような強さなのである。

一方で忘れてはいけないのは、自分が苦しいときは、「助けて」と言って良いということだ。北九州でホームレス支援を続ける奥田知志さんが常々そう言われている。「助けて」と言えないことが、社会の中で多くの人たちを追い詰めている。

他人を支えることができるような「強さ」と、「助けて」と言えることは、どこかでつながっているように思う。生命の呼吸を受け止めるしなやかさは、他人に対しても、自分に対しても向けられるものなのだ。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。