インターネット全盛時代だからこそ考えたい「本」の大切さ


茂木健一郎[脳科学者]

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今は、インターネット上でたくさんの文章を読むことができる。そのためか、本を読む、という習慣がすたれてしまうのではないかという危惧がある。しかし、ネット上の文章と本は、性質の異なるものだと思う。

ネット上の文章は、断片的なものであり、その時々の状況を反映したものであることが多い。一方、本は、ある程度の長さを持ち、一つの世界観、宇宙を提示するものである。本というフォーマットでなければ表現できないことがある。

体験としても、本を読むということには、ネット上の文章を読むのとは違う何かがある。映像で言えば、断片的なクリップを見るのに対して、2時間程度の映画を観ることに相当する。本は、活字の世界の映画なのだ。

【参考】不幸が重なっても「次もまた不幸」とは限らない

本を読む上で、電子書籍と、紙の本で、本質的な違いはない。ただ、一日中液晶画面を眺めている私たちにとって、ときには、紙という木由来の素材に触れることが、触感や、体性感覚、視覚情報の質という意味での一つの「箸休め」になることは事実だろう。

子どもたちに本を読むことの大切さを伝える時に使うたとえがある。本を読むと、読んだだけ、本が積み重なる。10冊読めば10冊、100冊なら100冊、1000冊ならば1000冊分の高さになって、その分、その上に立って、遠くまで見ることができる。

しかも、さまざまなジャンル、傾向の本を偏りなく読むことによって、足場のバランスが良くなる。幅広いジャンルの本を読めば、その分、足場も広くなり、その上で運動をすることもできるのである。

以上のことは、私自身も、一つの戒めとして書いている。ネットの短い文章だけでは足りない、ということを肝に銘じていなければ、精神の基礎力が落ちてしまうと思う。インターネット全盛時代からこそ、本の大切さについて考えてみた。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。