自閉症者・東田直樹氏のNHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」に疑問


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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本記事を読んで頂く前に、筆者の立場を明らかにしておく。筆者は放送作家として活動しながら、実は大学院の博士課程で「自閉症および自閉症者を社会の人に正しく理解してもらうにはどのようにすればいか」の研究をしている。

修士課程時代は徹底行動主義(心の内面はわからないので、心が行動となって外に出るもののみを研究対象とする。たとえば、転びそうな人がいたら思わず支える手を差し出す行動が研究対象となる)の教授についてこれを学んだ。

自閉症を正しく理解して貰うには、「正確な自閉症像の定義」が必要だが、先人の研究ではこれが甚だしく心許ない。あまりにバリエーションがありすぎるからだ。さらに、原因については「先天的な脳の器質異常」という説が有力だと言われるが、虐待などの環境因を指摘する研究者もいて最終的にはわかっていない。つまり、根本から治す原因療法(Causal treatment/therapy )はなく、対症療法(Symptomatic treatment/therapy)しかない。

アメリカ精神医学界の操作的診断マニュアルDSM-5(精神科医が障害名を付けるための手引きと、理解して下さい)では、自閉症と診断するためには主に2つの要件が必要だとされる。

*きわめて限られたこだわり行動(鉄道が好きで好きでたまらなくそれが度を超しているなど)

*社会的なコミュニケーションおよび相互関係における持続的障害(たとえば人の目が見られないなど)

単純化して書いてしまうと誤謬が生まれやすい自閉症の概念だが、本文章では敢えてその禁を犯して書いている。

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2016年12月11日(日)午後9時からの NHKスペシャル「自閉症の君が教えてくれたこと」を見た。

内容については番組ディレクターである丸山拓也氏(33歳)がNHKのホームページに書いたものが分かりやすいので引用しながら進める。

<以下、引用>

【この番組を企画したきっかけは?】この番組は、会話のできない重度の自閉症の作家東田直樹さんを2年前に取材した番組「君が僕の息子について教えてくれたこと」の続編です。前回の番組が、芸術祭ドキュメンタリー部門大賞を受賞した10日後、私はガンと診断されました。

ディレクターである私自身が、ガンというハンディキャップを負ったのです。それが、続編を作るという、ひとつのきっかけとなりました。がんと診断された当時は、肺や肝臓にも転移し、5年生存率は5割以下という厳しい状況でしたが、大量の抗がん剤と手術を行い、1年間の闘病を経て、何とか職場復帰を果たすことが出来ました。

しかし、今も治療の後遺症や再発の恐怖に苦しんでいます。もう体力勝負のテレビのディレクターはやめた方がいいのか、家族と静かに暮らした方がいいのか、色々な不安が頭をよぎりました。自分の病気とどう折り合いをつけて生きていけばいいのか、これからどんな人生が待っているのか、大きな不安にとらわれたときに、2年前に取材した直樹さんの姿をもう一度見つめ直したいと思いました。

病院のベッドでも私はしばしば直樹さんの本を読んで励まされました。自閉症というハンディを自分の強さに変えた直樹さんから、私自身がたくさんのことを学べるのではないか、そしてそれは、生きづらさを抱える多くの人にとっても普遍的なメッセージになるのではないかと考えました。

<以上、引用>

東田直樹氏は現在24歳。実際に彼に会った精神科医によれば、明らかに重度の自閉症(カナータイプ)であるそうだ。重度の自閉症者の多くは知的なハンディキャップを持っており、発話に困難を伴う。ところが、

<以下、引用>

【どんな番組ですか?】東田直樹さんは、会話ができない重度の自閉症ですが、文字盤やパソコンを前にすると自分の意思を伝えられるという世界的にも極めてまれな能力を持っています。2年前には13歳の時に書いたエッセイが、同じ自閉症の息子を持つ、アイルランド在住の高名な作家デビッド・ミッチェル氏の目にとまり、翻訳され、世界30カ国でベストセラーとなりました。直樹さんは謎に包まれた自閉症の世界を明かし世界に衝撃を与えました。

<以上、引用>

自閉症にはアスペルガータイプの人がいる。アスペルガータイプの人は知的水準は定型発達者と同じで、上述した自閉症の要件には当てはまるが、言葉は自由に使うことができる。それもあってドナ・ウィリアムズ氏(Donna Williams)やテンプル・グランディン氏(Temple Grandin)、日本人ではニキリンコ氏、藤家寛子氏などが、自閉症者の豊かな心の内面について著作を著している。著者は女性が多い。

【参考】<24時間テレビ>清く正しく美しい障害者を創る「感動ポルノ」という嘘

アスペルガータイプの自閉症者を「軽症」などと、安易に不確かな表現をする人がいるが、それは間違いだ。彼らは一見では定型発達者と見分けがつかない故に、重大な問題をかかえる。自閉症者だから出来ないのに、それを定型発達者のようにやることを求められたりするからだ。たとえばコミュニケーションスキルが劣っているのは努力が足りないせいではなく、自閉症者だからと言うことを分かってもらえない。

上述のようにアスペルガータイプの人の発言はこれまで色々とある。しかし、東田氏は「重度の自閉症ですが文字盤やパソコンを前にすると自分の意思を伝えられるという世界的にも極めてまれな能力を持っています」ということになるのである。

この文字盤を使うという点に疑問が入り込む余地が生まれる。幼少の頃の東田氏はおかあさん手作りの文字盤を使い、おかあさんが東田氏の手を支えて指さす方法で言葉を紡ぎ出していた。この行為をファシリティテッド・コミュニケーション (FC:Facilitated communication)=介助されて行うコミュニケーションと言う。東田氏はの場合はおかあさんがFacilitator(介助者)である。

このファシリティテッド・コミュニケーションに関しては専門家からの批判が多い。コックリさんと同じであると思う。筆者も懐疑的である。(ファシリティテッド・コミュニケーションに関する米国心理学会の決議|http://www.geocities.ws/validationluna/html/ATTABDA.html)

ところが、東田氏は今は母親の手を借りない。ポメラというキングジム製の入力機を用いたり、番組ではQWERTYの手書きボードを使って発言しているのである。見た目は介助者なしの発言である。

しかし、そこにも疑義がある。

QWERTYのボードを使いながら発言しているが、ローマ字入力には対応していないように見える。キーを押すのは発話のきっかけにしか見えない。

脳科学の知見によればたとえば「指の動きを脳がすべてコントロールしていると考えるのは間違いで、指の動きが脳を作るという側面もある」とされるが、これを真と捉えれば東田氏は指によって、言語脳を発達させたかも知れない。

【参考】<パソコン未所有と貧困は無関係>NHKが描く「貧困女子高生」のリアリティの低さ

東田氏は発言のセンテンスが終わると「終わり」と甲高い声で発話するが、これは嫌なことをやり終えて「後はやらないよ」と言う宣言のように私には聞こえる。

番組ではなく、東田氏が書いた著作「自閉症の僕が跳びはねる理由」を読んだ感想であるが、この内容について、自閉症についての本を山ほど読んだ素人(依然の筆者がその状態であった)が書いた文章のように思えた。

それから、番組内で内面について語る東田氏の発言、たとえば、

「自分が辛いのは我慢できます。しかし自分がいることで周りを不幸にしていることには耐えられないのです」

「僕は命というものは大切だからこそ、つなぐものではなく、完結するものだと考えている。命がつなぐものであるなら、つなげなくなった人は、どうなるのだろう。バトンを握りしめて泣いているのか、途方にくれているのか。それを思うだけで、僕は悲しい気持ちになる。人生を生き切る。残された人は、その姿を見て、自分の人生を生き続ける」

といった発言は凡百の人生指南本のなかに出てくるような、ありきたりすぎる文言のように感じる。

あるブロガーは「(東田氏を)ただ、既存の自閉症スペクトラムの概念で説明しようとするのは少々乱暴で、むしろ既存の自閉症スペクトラムに当てはまらない非常に稀有で、それこそ『奇跡的』な事例ということになるのではないだろうか」(http://openblog.seesaa.net/article/435850939.html)と述べているが筆者もこの意見に同意する。

番組は東田氏も、おかあさんも、取材に当たるディレクターも全員が善意の人である。だが、そこが問題であるとも、筆者は考える。

東田氏なりの発達の仕方を何も批判する必要はない、と言う意見ももちろんあるだろう。筆者がこうした批判を述べているのは冒頭で記したように「正確な自閉症像の定義」が知りたいからである。それを知るにおいて、東田氏の事例はあまりに考えの範囲を超えるのである。

自閉症は発達障害(Developmental Disorder)のひとつである。自閉症当事者や、その家族に講演をするとき、筆者は必ず次のように言う。

「発達障害者は必ず発達します、ゆっくりですが必ず発達します。だから待つことが必要です。ただし、決して高望みはしないで下さい」

この番組は、2016年12月14日(水) 午前0時15分から、再放送がある。

 

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