半世紀前の日本映画「しとやかな獣」がスゴい理由

高橋秀樹[放送作家/発達障害研究者]

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すごい映画を見た。新藤兼人・原作脚本、川島雄三・監督『しとやかな獣』(1962年・昭和37年)である。これまで見ていなかったのは筆者の怠慢である。おそらく、アカデミー賞『パラサイト 半地下の家族』のポン・ジュノ監督も、パルム・ドール『万引き家族』の是枝裕和監督も、目を見張ってこの映画を見たのではないかと推測する。

「日本映画の父」牧野省三が映画の三大要素と指摘した「スジ、ヌケ、動作」にそって、『しとやかな獣』を紹介する。

「ヌケ」は、映像である。

映像が捉えるのは、前田家の4人が住む2DKほどの公団アパートである。この家のリビングを定点にしてワイドスクリーンで捉えている。様々な視点にカメラは移動するが、この視点はあり得ないと思われる視座へも、躊躇なくカメラは移動する。視座は登場人物の感情である。

「動作」は、芝居である。

よくぞ集めた芝居の上手たち。前田家の世帯主に伊藤雄之助、その妻よしのに山岡久乃、長女友子に浜田ゆう子、その弟実に川畑愛光。長女友子を妾にする大衆小説家吉沢駿太郎に山茶花究。実が勤務する芸能プロダクション社長香取一郎に高松英郎、その会社の経理係三谷幸枝に若尾文子、所属タレントのジャズ歌手ピノサク・パブリスタに小沢昭一。芸能プロ担当の税務署員神谷栄作に船越英二。銀座のクラブのママ、マダムゆきにミヤコ蝶々。それぞれの芝居の的確さが実に見事である。若い浜田ゆう子と川畑愛光は生な芝居だが、それが他の役者の芝居上手と科学反応を起こして真に迫る。

[参考]<映画「ジョーカー」>エロスとタナトスを描いて情動を揺さぶる秀作

日本人なのに、キューバ当たりのジャズ歌手ピノサク・パブリスタに身をやつす小沢昭一のインチキさ。絶対に上流婦人の言葉遣いを崩さない山岡久乃が見せる、底なし沼に落ちて行くような心抉る表情。

「スジ」はプロットである。

前田家の主人時造は元海軍中佐でどんな手を使って手に入れたのか、東京晴海に出来たばかりの公団アパート(いわゆる団地)に住んでいる。五階だが、階段はない。仕事は子供たちを操ってやる詐欺である。娘の友子を時造の斡旋で小説家吉沢の妾にして、金をせびらせている。息子の実はコネを使って就職させた勤め先の芸能プロダクションから横領をさせている。そこに、芸能プロの社長香取と、経理係の三谷幸枝を連れて怒鳴り込んできた。横領がバレたのだ・・・。

東京オリンピックを2年後に控えた年に公開された『しとやかな獣』が、描くのは、これこそが中流だと、政府に思い込まされた公団、マッチ箱に住む詐欺師家族。莫大な金を動かしあぶく銭を稼ぐ芸能プロダクションの裏。これから日本で始まる強欲資本主義を暗示するような映画である。映画は、熾烈な現代世界を生き抜くには、人を出し抜く才覚が必要なのだ、と言いながらも、そんな生活に染まるのはイヤだ、と思うのが人間としての当たり前なのではないかとぐいぐいと見る人に問いかけてくる。だが、一度中流だと思い込まされた人々は下層に行くのは絶対イヤだ。前田家の主人時造が、唯一生きる信条としているのは転落への恐怖なのだ。

現代と少しも変わっていないではないか。

 

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