<決定版・欽ちゃんインタビュー>萩本欽一の財産⑩セリフをずらして笑いを取る「ツー・トン・ピ」ってなんだ?

エンタメ・芸能

高橋秀樹[放送作家]
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大将(=萩本欽一)が、浅草でまさしく字義通り体得した「大人用の笑いの動き」とはどういうものか。大将が立って動き出した。

「たとえばさ、『困るんだなあ』っていう、セリフだとするよ」
「困る顔をして、同時に『困るんだなあ』って言うのは、学芸会」
「感情や動作と、セリフをずらす。それが笑いになる」
「だから、『びよーん』とか、面白そうなセリフはいらない。ごく普通のセリフ『困るんだなあ』が笑いになるようにする」
「このセリフをズラすってのが何通りもある」
「笑いにならないズラしもあるから、見分ける」

大将が、お腹のあたりを掻きながら『困るんだなあ』と動く。面白い。
大将が『困るんだなあ』と言った瞬間に、テーブルにかけていた肘が、すべってガクンとなる。面白い。
大将の動きとセリフを目の当たりにしている僕は、おかしくてしょうがないのだが、この文章を読んでも、その10分の1も伝わらないかもしれない。

「もちろん、このセリフには役のキャラクターと、芝居の設定が乗っかっているからもっとおかしい」

「そういう軽演劇の芝居が出来る人は、今いますか?」

「今は残念ながら、伊東四朗さんと、僕だけ」

「伊東さんは、たくさんドラマに出るけど、大将はあまりでません」

「伊東さんのズラしはドラマに合ってるんじゃないかなあ。僕のズラしはドラマには、合わないんだ」

大将がドラマに出演した時の話を始める。

「仲代達矢さんがお兄さんで、僕が弟、お兄さんに依存しきっている弟の設定で、いつも『お兄ちゃん、お兄ちゃん』て、甘えてる。ある日弟の僕は女の子と仲良くなって、街の暗がりでキスをしようとしている。そこを、仲代さんの兄に見つかる。そこでセリフだ」
「僕は役の設定上は絶対に言わない言葉を返した『兄さん』て」
「セリフに『もうこれ以上言わないで』『ごめんね』って、2つの気持ちを込めると、いつも言っている『お兄ちゃん』じゃなくて、『兄さん』になると思った」
「だから、仲代さんに言った『兄さん』て」
「スタジオが受けちゃった。しかも、ディレクターが降りてきて『萩本さん、設定上セリフはお兄ちゃんでお願いします』って。僕はドラマではお芝居は出来ないなって思った」

大将の話を聞いていると僕は、ドラマも浅草のコントも、虚実皮膜が理想だが、皮膜はドラマが厚くて、浅草が薄いという気がしてくる。さらに浅草の話を聞く。

「大将は、よく、『ツー・トン・ピ』って言いますが、きちんとどういうことか聞いたことがありません」

「『ツー・トン・ピ』は『ツー・トン・ピ』、これは説明できないよ。だって、ツーっときて、トンとなって、ピっだから」

「大将はわかってるんですよね?」

「僕はもちろんわかってるよ」

「どうしてわかってるんですか?」

「修行して、体が反応するように覚えたから」

「大将の師匠ってどなたなんですか?」

「師匠? いないなあ」

(その⑪につづく)
 
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