映画『さようならCP』の主人公に出会った脳性マヒ者たちの解放区「マハラバ村」


原一男[ドキュメンタリーの監督]

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“ドキュメンタリーの監督とは、アジテーターであり、かつ、オルガナイザーでなければならない”

この先人の教えを私なりに実践したのが、疾走プロ第一作「さようならCP」(1972)だ。主人公は二人。横田弘と横塚晃一。二人とも「青い芝の会」のリーダー格存在だった。二人に始めて出会ったのは茨城県千代田村の閑居山「マハラバ村」。

障害者のことをもっと知りたいと願い、障害者関連の世界をアチコチ放浪していた途中で訪れたのが“脳性マヒ者たちのコミューン”を標榜していた「マハラバ村」。

そう、ここは脳性マヒ者(以下CPと略す)たちの解放区を目指していたのだ。開設者は、大仏空(オサラギアキラ)。れっきとした 閑居山願成寺という古寺の住職である。僧侶でありながら革命家を自称していた不思議な人物だ。

つまり、大仏空が、自らの革命理論に則って目を付けたのがCP たちの存在。重度の障害を持ち、しかも田舎であればあるほど障害者への差別構造に対して無知である。

横田弘などはまだ幼い頃、重度ゆえに家の恥ということで、ほとんど座敷牢のようなところに押し込められていたのだから。 そんな世間から隔離された CPたちを、ほとんど暴力的に家族から“拉致”、いや“救出”というべきだろう、連れ出してきて彼らを閑居山願成寺に住まわせた。 そして“革命思想”を叩き込んだ。

大仏空の革命理論とは、こうだ。

「世の中には様々な差別がある。被差別部落の問題もそうだ。お前たちも、その障害ゆえに差別を受けている。が、ここは解放区だ。ここを拠点に、差別している健全者たちの社会に撃って出なければならない」

大仏空の教えた中で最もインパクトのあったのが、

「お前たちだってセックスしていいんだし結婚もできるんだ」

という考え方だった。

大仏空は男も女も“救出”して彼らをお寺の本堂に住まわせた。 後に、映画にも登場することになるメンバーの一人が述懐するが、女を巡ってひどい奪い合いになった、そうな。

そして熾烈な闘いに勝ち抜いてカップルが3組できた。大仏空は、カップル=夫婦のためにプレハブであったが小さな家を建ててやった。 まさしく大仏空にとってはCP同士がこのコミューンで結婚し、子をもうけ、家庭を作り、そしてその数が増えることこそが革命のイメージだった。

が、そのイメージ自体に、皮肉にもコミューンを崩壊させる芽が内在されていた。

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原一男

原一男(はら・かずお) ドキュメンタリー映画監督。1945年生まれ。疾走プロダクション所属。1987年の映画「ゆきゆきて、神軍」は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリなど、数々の賞を総なめ (奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。) 小説家・井上光晴の晩年5年間を追いかけたドキュメンタリー映画「全身小説家」は、1994年のキネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞。