パリ旅行で「金髪のきれいな人ばかり」という感想を持つのはイケないことなのか?


保科省吾[コラムニスト]

***

腹が立った。

2014年12月27日夕刊の日本経済新聞のコラムである。コラムの書き手は然るべき国立の文化施設の、然るべき偉い女性である。コラムの名は「あすへの話題」で、タイトルは「金髪崇拝」である。「金髪崇拝」というタイトルは、編集者がつけた可能性もあることをお断りしておく。

このコラムの書き手の女性(以下、女性はとする)もやはり、腹を立てていた。コラムの冒頭は次のように始まる。(以下、「」はコラムから引用)

「海外から帰ってきた成田空港で、ある父と娘の会話を聞いて、腹が立った」

簡潔で自分の立ち位置の情報も入っていて、読む人の興味を引きつける見事な書き出しである。では何に腹が立ったのか?

「土産物で、身動きできないほどになっていた娘が『ほんとに金髪で肌が白くてきれいな人ばかりだった。すご〜くよかった』と言う、迎えに来た父親が『そうか、よかったね』と答えたのだ」

文脈から判断すると、この会話に腹が立ったとしか考えられないが、なぜ腹が立ったのか? は読者である筆者としては少しもわからない。筆者なら、父娘の会話を漏れ聞いて、「楽しかったんだねえ海外旅行。」という感想を持つくらいだからである。

さて、このセンテンス、またしても女性の文は謎を引っ張る優れた文章担っていることを指摘しておく。次の文で女性の腹が立った理由が判明する。

「土産の袋からするとパリからの帰国だと思われた、私が親なら『一体何を見に行ってきたんだ、金髪以外の人がいただろう、なぜだか、考えたか?』と言っただろう。」

筆者が親なら「お前いくらカネ使ったんだそれ?」と言ったかもしれない。残念ながら父娘の年格好は描写されていないが、女性が父娘に立腹している様子がきちんと伝わる達意の文章が続いている。

「彼女はもともと『金髪』の人がいるパリだけを見に行ったので『文化』というものがどのように構成されているのか、日本と違う点がどこにあるのか、あるいは自分がこんなに金髪に憧れるのはなぜなのか、考えもしなかったのだろう」

このセンテンスで「名文家」の女性の書き手は小さなミスを犯した。

文意から言えば、「彼女はもともと『金髪』の人だけがいるパリを見に行った」の方がわかりやすいだろう。しかしながら、女性の言うような目的でパリに行くのは比較文化学者くらいのものだろう。編集者も注意してあげればいいのに。

さて、女性の書き手はこれだけでは、立腹の理由が納得してもらえないおそれがあると思ったのだろう、怒りの理由を次のように補強する。

「せっかく、異なった文化を生で見て、いろいろな疑問を持ったり、違いについて考えたりする機会がありながら、こんな情けないコメントしかできないなんてお金を使った甲斐がないと言うものだ」

さて、ここまで来て考えさせられることは、「金髪のきれいな人」にはパリの文化はないのだろうか? ということだ。

よく、ホテルにいただけでは、その国の文化はわからない、などの批判のしかたがあるが、そんなことはない。台北のホテルでも、トンガの首都ヌク・アロファのホテルでも、ブレーメンのホテルでも、平壌のホテルでも、筆者はその国の文化のほんの一端を見た。

身動きの出来ない程のパリの土産には文化はないのだろうか。

以前、ある民放の番組で珍しく「英語ができないと国際交流は出来ないのか」というテーマで討論をしていた。議論は当然、多数派の英語の出来ない日本人に向かって「英語なんか出来なくても、国際交流はできる」という方向に流れてゆく。ところが、ずーっと黙って聞いていた、漫画家の蛭子能収が、突然、反対論を述べた。

「そんなことナイです、英語ができないとマカオのカジノで負けます」

筆者はテレビを見ていて、声を上げて笑った。

紋切り型と逆張り。当該コラムだが、こんな紋切り型で腹を立てられたのでは、父娘もたまったものではない。

 

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メディアゴン 編集部

メディアゴン編集部(めでぃあごんへんしゅうぶ)2014年5月末日、東京生まれ。メディア批評・メディア評論に特化したメディア専門家によるメディアニュースサイト。キー局プロデューサー、ディレクター、イベントプロデューサー、放送作家、大学教授、評論家、ゲーム作家、弁護士・・・などなど、メディアの第一線で活躍する人材が活動中。