<安保法制審議始まる>シベリア抑留された画家・香月泰男が『私のシベリア』で語る「赤い屍体」と「黒い屍体」


両角敏明[テレビディレクター/プロデューサー]

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安保法制審議がはじまります。

集団的自衛権行使を容認した安保法制が閣議決定され、とうとう国会での審議がはじまります。まさかこんな形であっという間に日本の根幹が変わってしまうとは思ってもいませんでしたが、結局のところ日本は自国を攻められた正当防衛でなくとも同盟国と共にふつうに「戦争のできる国」になって行きそうです。

5月14日、閣議決定後の記者会見で安倍首相は次のように語りました。

  • きわめて限定的に集団的自衛権を行使できることとした
  • アメリカの戦争に巻き込まれることは絶対にあり得ない
  • 日本が攻撃を受ける可能性はいっそうなくなっていく
  • イラク戦争や湾岸戦争での戦闘に参加するようなことは今後ともけっしてない

テレビはこれを伝えた上で街の人々の反応を伝えました。たとえば報道ステーションでは、

  • 自衛隊が他国の軍隊と同じになってしまう
  • (安保法制について)知らない、わからない
  • (自衛隊員の妻)大事な仕事だけど心配
  • 日本も力を持つべきで安保法制はあってもよい
  • (安保法制について)知らない、初耳
  • (自衛隊員の妻)心配だけどだれかがやらなければいけないので
  • 戦争の引き金になるのでは
  • 世界と付き合って行くためには仕方がない
  • どんどん戦争するようになるのでは
  • 亡くなる方が出て来るかも知れないけれど、それでも覚悟しなければいけない
  • 歴史を繰り返してしまうことが怖いところ

安倍首相は日本が戦争に巻き込まれることはないと語り、一般の人々は賛成にせよ反対にせよ、ほとんどの人が戦争の被害者となる怖れを語っています。

こうしたニュースを視ていて思い出した番組があります。今年2月に放送されたNHK教育テレビ『ETV特集 「立花隆 次世代へのメッセージ ~わが原点の広島・長崎から~」』です。

長崎の爆心地近くで生まれ、若い頃に原水禁運動にもかかわり、その後この問題についてあえて語ってこなかった立花隆さんが、今年この問題について長崎大学の学生に特別講義をしました。番組はその経緯を詳細に綴ったドキュメントです。

この講義に連なるワークショップで、立花さんは学生たちに二つの課題を問いかけました。ひとつは、高齢化が進み被爆者がいなくなろうとしている時代に被爆体験をどう継承していけばよいのか。

そしてもうひとつがシベリアに抑留された画家・香月泰男(1911〜1974)さんが、『私のシベリア』という本の中で語っている「赤い屍体」と「黒い屍体」についてでした。

『私のシベリア』は40年以上前、まだ20代で駆け出しの立花さんが香月さんから6日間にわたって聞き書きして上梓した、立花隆最初の本でもあります。

香月泰男さんは生涯にシベリア抑留関連の絵画57点を残しましたが、その中に『1945』という作品があります。(山口県立美術館蔵)

この『1945』は、香月さんが満州からシベリアへ送られる列車の中から見た、憎悪に駆られた現地人の恨みを買って殺され、生皮を剥がれて線路脇にうち捨てられた日本人の屍体、「赤い屍体」を描いたものです。

「黒い屍体」とは広島の原爆で黒焦げになった屍体です。この「赤い屍体」と「黒い屍体」について、香月さんは『私のシベリア』の中でこう述べているのです。

日本に帰ってきてから

広島の原爆で真黒焦げになって

転がっている屍体の写真を見た

黒い屍体によって

日本人は戦争の被害者意識を

持つことができた

みんなが口をそろえて

ノーモア・ヒロシマを叫んだ

まるで原爆以外の戦争は

なかったみたいだと私は思った

 

私には

まだどうもよくわからない

あの赤い屍体について

どう語ればいいのだろう

赤い屍体の責任は

誰がどうとればよいのか

再び赤い屍体を

生み出さないためには

どうすればよいのか

 

だが少なくとも

これだけのことはいえる

戦争の本質への深い洞察も

真の反戦運動も

黒い屍体からではなくて

赤い屍体から

生まれ出なければならない

5月14日、安倍総理の会見からも、テレビニュースでインタビューに応じた人々からも、「赤い屍体」の怖れについて語る声に筆者が出会うことはありませんでした。残念ながら。

(多くを『文藝春秋』三月特別号「被爆者なき時代・立花隆」、および2月14日放送NHK教育テレビ『ETV特集 「立花隆 次世代へのメッセージ~わが原点の広島・長崎から~」』から引用しています)

 

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両角敏明

両角敏明(もろずみ・としあき)テレビディレクター、プロデューサー。 バラエティ、報道、情報、すべての番組を手がけてきた。