<仕事と遊びの境界>現代においてよく遊ぶ人はよく仕事ができる人


茂木健一郎[脳科学者]

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多くの動物で「遊び」は、発達の一時期だけに見られる。

その同じ時期に、脳の神経回路のシナプス結合が変化していることが知られている。つまり、「遊び」は「学び」であり、自己の変化である。人工知能が「遊ぶ」ということは、つまり、それだけ「学ぶ」ということである。

チューリングのChild machineは、人間は初期状態だけを用意して、あとは人工知能が勝手に学んで高度な知性を育んでいくというモデルだが、それはつまり、学びの結果、どのような知性を発達させるかは、直接コントロールできないことを意味する。その先に特異点があるかもしれない。

人間の学習過程の最良の部分は「遊び」であり、その結果は、本来は必ずしも設定、コントロールできない。教育の標準化や、到達度テストの自己撞着はここにある。さらに、文明の最先端のイノベーションにおける「遊び」は、もちろん、結果が想定できないところに価値もリスクもある。

遊びの本質は「楽しい」ということであり、フローの没入、忘我である。そこには明示的な評価関数が必ずしもないのであって、つまりは、「遊ぶために遊ぶ」のである。その結果、どこに連れていかれるか、どこに旅するかは、遊んでいる本人にもわからない。

暦本純一さん(東大教授)の、

「人工知能が、そのあたりで遊びはじめたらこわいね」

という発言の含意は、このあたりにある、と筆者は思った。遊ぶことで、人工知能は急速に発育することだろう。

でも、その結果は、人間には予想できないだろう。特異点に達すれば、史上最も危険な遊び、ということになる。

ところで、役所の人がゲームをやっていて戒告を受けたというニュースには、感じるものがあった。もちろんいけないことである。けしからんことである。処分は仕方がない。

しかし、その時に感じたことさまざまは、必ずしも良識やルールでは記述しきれない。まことにけしからんことではあるが。

「イングレス」というゲームはこのニュースで初めて知ったが、もともとGoogleからスピンアウトした会社が位置情報と関連付けたソーシャルゲームとして開発していて、役所の人は役所をやたらと防御するので「発覚」したのだという。

けしからん。けしからんが、実に面白い。不謹慎ではあるが。

「イングレス」のビジネスモデルも興味深く、その場所に関連した広告主がポータルを出したりプロモーションをしたりするのだという。大の大人が、役所の勤務を真面目にやらないでそんなゲームに熱中するのは誠にけしからん。けしからんが、「遊びの本質」はそこにあるように思う。けしからん。

将来的には、serious gamingの一貫として、役所の職務事態にgamificationの要素を入れることもありうるのかもしれない。困っている人を発見し、扶助を提供する過程を創造的かつ最大パフォーマンスにする工夫もあるのではないか。今回のゲームは、職務には全く関係ないけど。

仕事と遊びの境界は、本来あいまいで、特に知的付加価値の創造が課題となっている現代においては、よく遊ぶ人はよく仕事ができる人である。

役所の仕事はお堅いから、ゲームはけしからんのだけれども、アベノミクスの第三の矢は案外「遊び」にあるような気もする。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。