村上春樹が表現する「井戸に降りていく」という集中力


茂木健一郎[脳科学者]

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人間の「集中」には、「強度」とともに「深さ」もある。村上春樹さんは小説の中でしばしば「井戸に降りていく」というメタファーをお使いになるが、集中を続けていくと、取り組んでいることに対する集中が、どんどん深くなっていくのである。

もし強度以外に集中を記述するパラメータがないのだとすれば、作業量は単純に「集中度I×継続時間T」で決まるはずだが、ここに、質を記述するパラメータ群Dが、IとTの関数として介在してくるところが、人間の脳の集中の醍醐味である。

村上さんが「井戸を降りる」というメタファーをお使いになるには、おそらくは小説を書くという集中の時間が、強度Iと時間Tの関数として深さDを掘って耕す行為だからで、つまりは集中して長い時間それに取り組むことによって、予想もしなかった作品世界が自分の脳の中で掘り出されていくのである。

【参考】<「やる気」は不要>「やる気が出ない」を言い訳にして何もしない人たち

「深さ」というパラメータの広がりを意識しておくことは、何かに集中するという行為の豊穣さをつかむ上で非常に有効である。

強く、長く続けるほど、深さの次元において、自分が今まで見たことがないものを経験することができる。持続する強い集中は深い未知の概念世界の旅人となることを意味する。

自分が自分であること、という個性も、その個性に強く向き合う時間が長くなるほど、その人格要素を深掘りできるようになる。つまり、生きるとは、自分の個性という井戸を降りていくこと、自分のユニークさという鉱脈を深く掘っていくことなのである。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。