<原一男の極私的ドキュメンタリー試論>日米欧それぞれにあるドキュメンタリーの流儀


原一男[ドキュメンタリー映画監督]

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せっかく、いただいた良い機会なので私の人生の最も多くの時間、関わってきたドキュメンタリーというものについてアレコレ考えてみたい。

考えてみたい課題は、日本の、アメリカの、そしてヨーロッパの、ドキュメンタリーを制作する者の態度、思想性、方法論、手法の違い、といったものである。日本のドキュメンタリーとアメリカのドキュメンタリー、そしてヨーロッパのドキュメンタリーの作品を通して比較してみようというものである。

まず仮説を提出しておきたい。日本のドキュメンタリーの特徴は、対象への“共感”というキーワードで言い表せると思う。アメリカのドキュメンタリーは、とにもかくにも相手に対して“批評”、“批判”というキーワードだ。ではヨーロッパのドキュメンタリーはどうか?

というと、さすがに哲学の長い伝統の風土ゆえか、“人間への透徹した洞察”がキーワードになるであろうか。

1991年12月から1年間、私は「文化庁1年派遣芸術家在外研修員」としてニューヨークに滞在した。もちろん映画を勉強するためにである。ドキュメンタリーのみに限ったわけでもなかったのだが、やはり、ドキュメンタリーが中心になる。街のどこかで古いドキュメンタリーを上映してないかと情報誌で探し、日本人の友人達が教えてくれたりして、それなりの本数を見て回った。

もっともアメリカで上映される作品なので、日本語字幕がついてるわけもなく、英語がダメな私が内容を完璧に理解したとは言い難いが。そんなふうに見て回ってるうちに、日本人である私にとって、どこか、日本のドキュメンタリーとは違うんだなあと感じ始めていた。何が違う?
って、テイストといえばいいだろうか、作品のトータルな印象が、私が日本で慣れ親しんできた感じと、違うのである。もう10年以上も前のことなので個々の作品名を思い出せないが、むしろ全般的な印象として、意識化されたのだ。

ここからだ。では、日本のドキュメンタリーと、どこが? どう? 違うんだろうか? と私が考え始めたのは。(原一男[ドキュメンタリー映画監督])

 

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原一男

原一男(はら・かずお) ドキュメンタリー映画監督。1945年生まれ。疾走プロダクション所属。1987年の映画「ゆきゆきて、神軍」は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリなど、数々の賞を総なめ (奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。) 小説家・井上光晴の晩年5年間を追いかけたドキュメンタリー映画「全身小説家」は、1994年のキネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞。