放送作家が語る『ジャズマンの余技でしかないテレビ〜タモリ(森田一義)論』


高橋秀樹[放送作家]
2013年10月19日

タモリほど肩の力の抜けている演者はいない。テレビ上のタモリはすべてを余技でこなしている。何の余技かというとジャズマンの余技である。早稲田大学の第二文学部時代は、ダンモのズージャーをやっていた。モダン・ジャズをやっていたのである。ただ、トランぺッターだったが技量はあまり高くなく、むしろ才能を発揮したのは、コンサートでの司会だった。

草創期のテレビがジャズ界からスタッフ、出演者など多くの逸材を受け入れたが、これらジャズの人たちはアドリブとシャレが身上。シャレと言ってもダジャレではなく、人に笑ってもらうことをするのが何よりも好きだった。タモリはおそらくそのジャズ界で余技を身に着けた。

大橋巨泉はジャズからテレビ入りした先輩だ。洒脱な脚本を書く放送作家の仕事をこなし、のちには、書くのは面倒だから自分でしゃべっちまおうと演者になって大物になった。巨泉は放送作家としての仕事をしていたからか、テレビの世界にどっぷりとつかり、いわゆるテレビマンと言ってもいいテレビの申し子的存在になった。

しかし、タモリは違っていた、藤村有弘のインチキ外国語をメタ化した、4ケ国麻雀でピアニスト山下洋輔や、赤塚不二夫らに見出されて、テレビ界入りすると、テレビに対して半身(はんみ)で構えた。斜に構えたのである。そこがテレビマンになった巨泉とのもっとも大きな違いである。見出したのがジャズマンなら、つけた芸名もジャズマンの流儀に従って本名の森田を逆さまにした、タモリである。

だから、タモリは出演する番組のすべてを本業と思ってやっていない、ジャズマンの余技と思ってやっているのである。ストリッパーのヒモ稼業をやっている人たちはそうやって暮らしていることをヨロク(余禄)で暮らしているというが、タモリも、まさしくそれ、

ジャズの余禄でテレビをやっているのである。

タモリはこれだけ長くテレビをやっていながらテレビを、そして何ものをも、本業だと思っていないのではないか。タモリがこれまでやった番組で最高の出来は『今夜は最高』であるが、これはジャズの気分が横溢としたふざけ方の上手な番組だった。

それ以外のタモリは、肩の力が抜けっぱなしである。そこがいいところでもあるのだが、タモリにつまらない企画をやってもらおうとすると、そのままつまらない番組になってしまうことも多い。

関西芸人なら企画がつまらないとなんとしてでも、企画の本筋以外のところでも面白くしようとするのだが、タモリはそうは決してしない。そのままやる。このメロディはアドリブを出すには値しない駄作のメロディだと判断してしまうの意である。だからタモリには企画がしっかりしたものを提示することが制作者の絶対条件になる。

つまり、タモリは企画の良しあしのバロメーター、リトマス試験紙でもあるという製作者にとっては恐ろしい存在なのである。