<障害者が健常者にカメラを向ける>「撮る・撮られる」の固定した関係が生み出す「差別の構造」を壊す


原一男[ドキュメンタリー映画監督]

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『さようならCP』(1972)の主人公の一人・横田弘の元に通って懸命に口説くが、容易に「うん」とは言わない。彼が、気易く、うん、と言わないのも無理はなかった。私の提案というのが、彼にとっては生まれて初めての体験だったから。いや脳性マヒ者(以下CPと略す)の誰一人として、これまで体験をしたことがないはず。

「車椅子を拒否して、CPというありのままの身体で、CPを疎外、拒絶、差別している健全者たちの社会=街=都市へと撃って出ようよ。この行為は、障害者の叛乱というイメージを確率することだと思うんだけど。」

「横田さん自身が大仏空から思想を授かっておきながら、コミューン「マハラバ村」を崩壊させ、恩人を裏切ったその責任をとるためには、大仏さんを越える強靱な思想を確立させる以外にないと思うんだけどな」

「都市というのは、健全者を想定して構築されている。車椅子は、障害者が健全者社会=都市の中に入っていくためには便利な道具である。が、健全者社会に入れてもらうという温情にすがる根性、差別関係を壊すべきという思想を横田さんたちは大仏さんから学んだんでしょ。そしたら、CPという身体のままを都市の中に“放り込む”ことで、さざ波を起こすべきでしょ。都市の持つ秩序が、CPというありのままの身体によって“揺らぐ”としたら、それってオモシロイと思いませんか?」

私は懸命にアジッた。横田と平行して、『さようならCP』のもう一人の主人公である横塚晃一にもアジッた。

「横塚さんね、僕は横塚さんの写真を撮らせてもらってるよね。私は健全者で横塚さんは障害者。障害者の横塚さんは、いつも撮られる側だよね。撮る|撮られるという関係がいつも一方的だってことだ。この固定された関係が、つまりは差別の構造につながるよね。だから健全者|障害者という関係を壊すために、まず“視点の逆転”を図らないといけないよねえ」

具体的にいうと、横田弘は日常的には使い慣れた車椅子を拒否、乗り捨てて、CPという身体のままで街へ出ていく。“二本の足で歩けないのだから、膝立ちで歩けばいい”。横塚晃一は、障害者である横塚の方から健全者たちにカメラを向ける。カメラを向けることによる暴力性という質を健全者に向けて投げかける。

半年かかったが、何とか私のアジテーションを受け入れてもらい、やっと撮影のOKを取り付けた。

(つづく)

 

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原一男

原一男(はら・かずお) ドキュメンタリー映画監督。1945年生まれ。疾走プロダクション所属。1987年の映画「ゆきゆきて、神軍」は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリなど、数々の賞を総なめ (奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。) 小説家・井上光晴の晩年5年間を追いかけたドキュメンタリー映画「全身小説家」は、1994年のキネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞。