<なぜ日本人は怒らないのか?>日本人に刷り込まれた「無垢な庶民像」


原一男[ドキュメンタリー映画監督]

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2014年10月9日に最高裁で出された「大阪・泉南アスベスト国家賠償請求訴訟」の勝利判決。勝利した原告団は塩崎功労大臣(当時)へ謝罪の面会を求めた。

塩崎厚労大臣との面会の日。原告団の人たちは、現役の大臣に面会などという“晴れがましい”体験は生涯で初めて。その緊張ぶりは、そばで見ていて微笑ましい限りだった。先に書いたとおり、我々は、冒頭の謝罪セレモニーっぽいところで追い出されたので、それから先は、どんな展開になったか分からない。

そこで原告団の一人ひとりに、「塩崎大臣との面会は、どうだった?」と訊ねることにした。

「やっと、言いたいことは言えたから私は良かったよ」

という声が最も多い。

「塩崎大臣は、ウンウンと頷いて、私のいうことを聞いてくれたのよ。よかったあ!」

ホントに素直に喜んでいるのである。原告団の紅潮した表情をみているうちに筆者の気持ちは逆に落ち込んでいった。いや、一人だけ、ホントにたった一人だけ、怒りをぶちまけてくれた原告がいた。

「私はね、なんで私たちが、わずかの短い時間を区切られて、こうして頭を下げてまで会わなきゃならないのか、そこまで私たちが“下で”に出なきゃならないのか? 頭にくるよ!」

と。やれやれ、やっと一人だけ、まともな反応をしてくれた、という安堵感。

断っておきたいのだが、足かけ7年を越える年月の、この原告団+弁護団との付き合いで、筆者は心の底から、この人たちを、いいなあ、素敵だなあ、好きだなあ、と思っている。

だからといって“無垢な庶民像”として歌い上げる気もない。原告団の中には、ムシが好かない人同士もいることを知ってるし、お互いに陰口も言い合っている。足の引っ張り合いもアレコレと聞いている。

だが、それでも、生きていくことの過酷さを互いに助け合っている一面も知っている。だからこそ、と言うべきか、その人たちが、こうまで“生活者”であるのかと筆者を困惑させる。

何故、この人たちは、怒らないんだろう? 権力に対して、反抗しないのだろうか? 日本人は、骨の髄まで、抵抗心を削ぎ落とされてしまったのか?

ここまで飼い慣らされてしまったというのだろうか?

 

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原一男

原一男(はら・かずお) ドキュメンタリー映画監督。1945年生まれ。疾走プロダクション所属。1987年の映画「ゆきゆきて、神軍」は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリなど、数々の賞を総なめ (奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。) 小説家・井上光晴の晩年5年間を追いかけたドキュメンタリー映画「全身小説家」は、1994年のキネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞。