<「看取り」とは死までの海図>85歳の母の「看取り同意書」にサインした時


高橋秀樹[放送作家]

 

85歳の母を「看取る」ための同意書に判をついた。ともに50代の僕と弟は「看取り」についてあまりに無知だった。

母は今、介護付き老人ホームに住んでいる。認知症が進み、本人の意志を確認することは不可能だ。父は自立しているが、足腰が弱く、母の介護は負担が重すぎる。僕と弟が働く東京から母のいる場所へは5時間の隔たりがある。僕と弟は母の介護をアウトソーシングすることに決めた。それから2年が経っていた。

  • 「看取り」とは、死までの海図だ。
  • 「看取り」とは、「尊厳の保持」だ。
  • 「看取り」とは、延命治療を行わず、疼痛緩和ケアを充実させることだ。

三番目の「看取り」については、なんとなく理解していた。そのたぐいの新聞記事やテレビ番組を目にすることがあったからだろう。

しかし、在宅医に同席してもらって、決断を下していく「看取り」の海図づくりは知らないことの連続だった。

在宅医に質問される。

「点滴や輸血はなさいますか」

当たり前だろう。母には最善の治療を施して欲しいと思う。

しかし、医師の説明はこうだった。

「その治療は生を引き伸ばすことには、つながりますが、病態の改善にはつながらないかもしれないとお考え下さい」

僕と弟は顔を見合わせて決断する。

「お母様の病態が急変した時、病院に運びますか」

「大きな病院に運ぶということは、延命治療をすることです。大きな病院の先生に課せられているのは、生きながらえさせること。大病院の医師にとって死は敗北です。急変した時は、在宅医の私も、看護職員も、介護職員もすぐに駆けつけますが、ホーム内で行うのは痛みを和らげる治療です」

「救急車は呼びますか」

すこし、わかってきた僕は答える

「呼ばなくて…………いいと思います」

救急車で大病院に運ばれれば、人工呼吸器を着けられ、口から物を食べられなければ胃ろうを施され、ありとあらゆるチューブが母に取り付けられることになる。弟が話を継ぐ。

「チューブが着けられてしまった後に、苦しそうだからそれを外してくれとは、僕には言えない」

僕にも言えない。

同意書に判をついてから2ヶ月経った。母は僕らが誰か認識はしているようだが、声は出ない。ご飯は、まだ元気があった頃、仲の良かった介護職員に食べせてもらっている。

ある日、看護職員から電話がかかってきた。ホームからの電話は、ドキッとする。「寝返りを打った時にベッドから落ちたようだが、下にマットを敷いてあったので事なきを得た」という連絡だった。

「看取り」をお引き受けしたので、連絡はより密にするということだったが、この程度の事なら連絡してもらわなくてもいいとも考えた。でも、「お母様なんですが、私……」看護職員は口ごもる。「何ですか」と僕。

「抱き上げるとき『治ってやる』とおっしゃったような気がしました」
「そうですか………」

僕は、この看護職員を深く信頼する。

 

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