[茂木健一郎]有名人をコマーシャルに使わない文化には「人間尊重」がある


茂木健一郎[脳科学者]

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本記事は、特定の人や、事象に限られたことではないので、あらかじめ。

最近のニュースを見ていて、改めて「ヘンだな」と思ったことがある。人それぞれ、生きている以上、いろいろなことがあると思う。それが、何らかの経緯で不特定多数の人たちが知るところになったとする。

通常は、個人のことなんだから、それまでの話だが、たまたま有名な人だとか、メディアで活躍されている方だと、会見を開いたりすることもある。その際に、どのようなことを言うと「期待」されているかは、文化によって違うだろう。

その時に、実際に私的な領域であったあれこれとは違う「建前」というか、「このように言えば一番角が立たない」ということを言うことは、どのような文化でもある程度あると思うが、そうすることが当たり前になっている文化というのは「ヘンだなあ」と思う。

その「文化」は、その社会のすべてではないかもしれない。ある「業界」があって、その「業界」の中では、実際にどうだったとか、自分の気持ちはどうだったかというよりも、「こういうことを言うべき」という掟のようなものがあって、それを守らなければならない、と強制されるのは、やっぱりヘンだ。

話は変わるが、有名人をコマーシャルに使うということが、アメリカなどでは比較的ないのは、以上の考察と無関係ではないかもしれない。People誌などに登場するセレブは、もっと人間臭くて、ありのままを語るように思う。人間の内面に、ある業界の掟を強制する文化は、やっぱりヘンだと思う。

会見で言っていることが、ほんとうのこととは違うんだろうなあ、と思いながら、業界のしきたり、掟としてそのような言葉が要請されている、だからその通り言う、そんなことが当たり前になっている文化は、根本的に人間のことを経済の道具としてしか考えていないように思う。

というわけで、「有名人をコマーシャルに使わない文化」の背後には、「人間尊重」の哲学があるのではないかということを考えていた。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。