<本当におもしろい芸人は誰?>さんまの「ツッコミ力」と松本人志・島田紳助の「比喩力」


高橋維新[弁護士]

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お笑いブームも下火になったとはいえ、テレビに芸人が溢れるこの時代、本当におもしろい芸人とは誰か。

数多いる芸人たちの中で、筆者がトップクラスにおもしろいと考えるのは、明石家さんま・島田紳助・松本人志の3人である。あとは、基本的に代わりがきく「その他大勢」でしかない。

この3人は、みな芸人としての唯一無二性を持っており、代わりはきかない。他の芸人に代役をさせても、常に下位互換にしかならない。手堅い面子だと言われればその通りである。さんまは60代、紳助と松本は50代になっており、余り新鮮味がないのも確かである。

ただ、この3人は本当におもしろいからこそ50・60になっても「芸人」という立場でテレビに出続けることができているのである。映画を撮り始めて文化人的なコメンテーターの要素を帯びたビートたけし、Mステや笑っていいともでは(芸人としては)手を抜きまくっていたタモリなどとは対照的である。

この3人がなぜおもしろいのかを順次説明する。

1. 明石家さんま

さんまの強みは、分かりやすい。素の状態でテレビに出続けられるという点である。テレビに出ているさんまが、素のさんまなのである。素なので、カメラが回って初めてスイッチをオンにする芸人とは違い、ずっとあのテンションを保っていられる。

そして、素のさんまというのはとにかくおもしろい話をずっとしゃべっている人間である(と聞く)。そのため、ずっと近くにいると辟易してしまう人も一定数いるのは確かなのだが、とにかくずっと「ひょうきん」なのである。

だからこそ、生放送でも笑いの密度があまり落ちない。生放送は、編集しておもしろいところを抽出する場合よりどうしても笑いが散漫になるのだが、さんまがいるとそんなことにはならない。

さんまは、生放送を任せておもしろい唯一の芸人である。これは、紳助も松本も構わない。

では素のさんまはなぜおもしろいのか。上記の通り、自分でおもしろい話ができるというのは理由の一つである。さんまは自分が単独でエピソードトークをする場合にも、手堅くまとめることができる。

ただ、それ以上に注目したいのが他者と絡む時である。さんまは、他者に対しても、とにかく「はたで見ている人」に笑いを呼び起こすことを第一命題とする動きを要求してくる。さんまからギャグをフラれたら、素人であってもそのフリに答えないといけない。

これに正しく答えられないと、すぐさまさんまから「ダメ出し」という名のツッコミが入る。ただ、これは逆に言うと、フリへの応答を失敗しても、さんまが「やらんかい!」あるいは「そうじゃないやろ!」などとツッコむことで笑いを生み出せるということなのである。

さんまの強みは、ボケよりもむしろ、この何でも拾えるツッコミの能力にある。

さんまが周囲によくフるギャグは、村上ショージが作ったような、単体ではしょうもないものの方が多い。これをフり続けていると、早晩飽きられて笑いが起きなくなるというのはさんまもよく分かっている。だからこそ、2,3回目にはギャグをわざと失敗するだとか、フリをスカすだとかいうパターンをきちんと(セオリー通りに)入れ込んでくる。

単体ではしょうもないギャグをよく用いるからか、「さんまの笑いはワンパターン」と時折言われることがあるが、そんなことはない。同じギャグでも、上記の通り「はずし」や「パターン変え」を入れて違う種類の笑いを盛り込んでいるのである。

そして、こういう「はずし」や「パターン変え」を堂々と要求するのは、さんまがそれに対してすぐさま的確なツッコミを入れられるからである。だからこそ、周りに素人しかいなくても笑いを生み出せる。さんまのフリにプロのようにうまく応答できなくても、さんまがその点をツッコむことで笑いが生まれるからである。

素人の方もさんまにツッコまれると嬉しいので、それを実現するために自ら頭を使って色々とボケを入れ込んでくるようになる。そうなると、連鎖的に笑いが広がっていく。

「素人と絡んでおもしろいのがさんま」と言われる所以である。だからこそ、「恋のから騒ぎ」「明石家サンタ」「あっぱれさんま大先生」など、素人(無論、タレント崩れみたいな人も一部混じってはいる)と絡む人気番組がたくさんあるのだ。

ひとつ難点を挙げるとすれば、「フリからのギャグ」をパターン変えやスカシも交えながら延々続けることになるため、この部分でかなりの時間をとられてしまうということである。後ろに「本題」が控えている場合は、なかなかそこにたどり着けない。

すなわち、「本題」を見たい人にとっては、その前段階でかなりの時間を食うことに苛立ちを覚えてしまうことになる。また、時間を食うものである以上、テレビの収録や舞台では時間が押しがちという難点もある。

2. 島田紳助と松本人志

この2人は似ている。似ているからこそ「松紳」という2人で絡む番組もあった。

2人の技能で最も優れているのは、「たとえ」の能力である。「たとえ」とは、読んで字の如く、比喩のことである。

例えば、松本の相方の浜田は、ところかまわず屁をこくことで有名であるが、松本はこの屁がものすごく臭いという話をよくテレビでしている。この臭さをどう表現するか。「すごく臭い」「めっちゃ臭い」「死ぬほど臭い」などというのは凡庸である。松本はこの臭さをどう表現したのか実際に出した「たとえ」をいくつか挙げてみる。

  • 「あの屁を嗅ぐたびに大事な思い出がひとつずつ消えていく」(ぐらい臭い)
  • 「日本語を知らない外国人が『クサッ!』と言った」(それぐらい臭い)
  • 「家に帰ったらちょうど浜田が屁を出した時間で時計が止まっていた」(時を止めるほど臭い)

3つ目は松本曰く実話らしいが、このように様々な比喩を用いて色々なことを表現するのが松本は得意だ。これは、単なる「臭い屁」をおもしろく表現できる力が高いということであり、言い換えれば大喜利力が高いということだ。

特に松本は、「ごっつ」(フジテレビ)や「ガキ」(日本テレビ)に見られるシュールなコントからぶっ飛んだ芸風を想起されがちであるが、それ以前に大喜利力という笑いの基礎体力が非常に高いのである。

松本も紳助も、このように高いレベルの比喩をアドリブでポンポンと出せる。共演者たちの台本にない言動にいちいちクオリティの高い比喩を乗せることができるのである。だからこそ、松本か紳助どちらか一人を置いて適当に集めたゲストとしゃべらせるだけで、それなりに形になる。「ダウンタウンDX」や「行列のできる法律相談所」は、そういう番組である。

もちろん、紳助と松本にも違いはある。紳助が出す「たとえ」は、どちらかというとオーソドックスでストレートなものが多いが、松本の「たとえ」は、予想もつかない所から右フックのように襲来してくるものが多い。この発想力が、常人には思いつかないようなシュールなコントにもつながっているのだろう。

3.さいごに

以上、超大物ばかりを挙げたが、超大物だからおもしろいのではなく、おもしろいから超大物なのである。この3人より下の世代に、この3人に匹敵するほどおもしろい人間は出ていないというのが筆者の正直な感想である。芸人が増えすぎたせいかもしれないが、40代・30代の芸人は売れっ子でも「その他大勢」レベルに止まっているのである。

下の世代では、紳助・松本に匹敵しそうなたとえ芸人は千原ジュニアだろう。さんまに匹敵するほどアドリブでひょうきんに動き回る芸人は、ザキヤマしか思いつかないが、ザキヤマは基本的に自分でボケているだけであってさんまのように周りにツッコミを入れることはしない。
ジュニアもザキヤマも、正直に言えば「下位互換」である。

「この芸人はどうだ?」と聞かれれば、その人の特徴を分析することはできるが、分析するとここで挙げた3人には敵わないという結論になってしまう。

 

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高橋維新(たかはし・いしん)弁護士、コラム二スト。1987年、東京生まれ。2006年、東京大学法学部入学。2010年より「マヒ郎」のペンネームでファミ通町内会へ「ハガキ職人」として投稿を始める。現役ハガキ職人を続けながら、2012年に司法試験合格。2013年、弁護士登録(函館弁護士会)。ファミ通町内会長(第5代)。