<身体障碍者だけの「劇団態変」>『ルンタ(風の馬)〜いい風よ吹け〜』が突きつけるもの


岡本寛子[放送作家・ライター]

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3月12日、座・高円寺にて「劇団態変」による公演「ルンタ(風の馬)〜いい風よ吹け〜」を鑑賞した。

筆者はこの2年で国内外の200以上の舞台に足を運んでいるが、ルンタは正直、何がきっかけでチケットを購入したのか全く思い出せない。チケットに記載された場所と時間しか確認せずに(少し面倒だな)とすら思いながらひとり高円寺へと向かった。

そういうわけで何の予習もせず、客席で遭遇した旧知のテレビディレクターに「この公演、どういうモノですか?」と今思えばなんとも間抜けな質問をして絶句されてしまった程、予備知識も先入観も皆無で臨んだ。

幕が開き、終演してみれば、それまでの価値観がごっそり入れ替えられる程のものを突きつけられ、しばらくは言葉にならない思いで胸がつまり、本記事を書くに至っている。

「ルンタ(風の馬)〜いい風よ吹け〜」は、自らも身体に障碍を持つ金滿里氏が主宰する「劇団態変」という身障者ばかりが演者を務める劇団の12年ぶりの東京公演だった。

残念なことに、私はその存在を全く知らずにいた。以下、「劇団態変」について、ホームページより抜粋させていただく。

―主宰・金滿里により1983年に大阪を拠点に創設され、身体障害者にしか演じられない身体表現を追究するパフォーマンスグループである。「身体障害者の障害じたいを表現力に転じ未踏の美を創り出すことができる」という金の着想に基づき、一貫し作・演出・芸術監督を金が担い、自身もパフォーマーとして出演する。金自身ポリオの重度身体障害者である。海外での招聘公演も数多く、その斬新で先鋭的な芸術性へ触れる機会を求められている。―

たとえば本が、書き手だけで成立するわけではなく、読み手がいて初めて「本」たり得るように、舞台もまたパフォーマーがいて、彼らが伝える何かを受け取る観客がいて初めて成立する。舞台から発せられるものは時に「楽しさ」「笑い」であり、時に「悲しみ」「問題提起」であったりする。

そして、観客の中におこる何らかの感動の「大きさ」は、観客の好みやバックグラウンドによって大きく異なるが、その「大きさ」が「観劇」という枠を越えて人生そのものに影響を与えることは数少ない。

そうした、人生そのものを塗り替えてしまうような作品に(例え一瞬の場面でも)出会える機会は滅多に無い(そうは言ってもその一瞬を求めて観客は舞台を訪れるし、製作側もそうした感動を与えられるよう常々尽力してはいるのだが)。

しかし、「ルンタ」は開演からわずか数分で、おそらくあの開場にいた全ての観客にそれだけの「モノ」をつきつけ、ひとりひとりの感受性に直に訴えかけ、魂を揺さぶってしまう。

舞台上にいるのは様々なかたちの身体障碍者だ。四肢が途中まで有ったり無かったり、(5本の指になっていない)三股に分かれた手先や、膝までしか無い脚。頭と胴体だけの身体を持つ彼ら彼女らがレオタード1枚だけでその肉体をむき出しにし、これ以上無くハマる見事な生演奏とともに身をよじり、スポットライトのもと、腹を、顔を、床にすりつけ移動する。

ひとりで、あるいは10人以上でぶつかり合い、重なり合いもつれ合い、声を出し、足のある物は客席まで駆け回りながら「表現」してゆく。表現するのは、言葉では言い表せない「何か」であり、言葉では言い表せない「何か」だからこそ彼らは全身全霊でそれを表現する。

そして、その「何か」は確実に舞台上に存在し、観客はその圧倒的な真実を、受け取る、というか瀧のように浴びせられる。その「何か」を説明することは私には出来ない。

あくまで筆者が感じたことをなんとかして言葉で表すならば、例えば、

「『善い』『悪い』あるいは『正しい』『正しくない』というのは人間の決めた価値観に過ぎず、先の震災においても『津波』そのものが悪であるはずは無く、津波も、それによって傷ついた私たちも、自然の一部であり、地球上に『存在するもの』という意味では等しい価値であること」

・・・と、いうようなことを、頭で理解するのではなく、「感じ」させられた。おそらくそんな様なことを伝えるために日々心を砕く芸術家や人間は数えきれないと思うが、「ルンタ」は恐ろしいほど直球でやってのける。ほかの誰にも出来ない、極めて特徴的な身体を持つ彼らにしか出来ない表現で。

今まで当たり前として受け入れて来た「身体障碍者」「健常者」という概念の、何という狭量さ。「存在している」という価値のもとでは、あらゆる「区別」が無意味であることを思い知らされる。

主宰の金滿里氏は言う。

「世界から見て吹き溜まりの、すごい都市であり東京の持っている混沌さっていうものが、以前よりも非常に今際どくて、おもしろいことになりそう。と思う反面、病巣も深くなっていくかもしれない。だから、その際どいところでこそ、この『ルンタ』っていう、劇団態変の身体表現というものが一石を投じられるのではと」

世界で唯一だという身体障碍者ばかりの劇団、「劇団態変」。33年前から活動を続ける彼らはとうの昔に「東京」にある意味見切りを付け、世界に活動の場を広げていった。

この劇団が日本に在ることを誇りに思うと同時に、いよいよ彼らに見限られても不思議ではない、東京を中心とした今の日本の有様に不安が募る。

だが、

「『いい風よ吹け』って言う方向があるので、その方向をなんとか模索して探していく人たちに(この東京公演で)きっと出会えているような感じがします」(金滿里氏)

ルンタの副題は、「いい風よ吹け」。日本人として、人類のひとりとして、どこへ向かえば良いのか、微かな風が心の中に吹いた気がした。

劇団態変の舞台をまだご覧になったことが無い方も、ぜひ今後の活動にご注目して欲しいと言うのが私の願いだ。

 

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岡本寛子

岡本寛子(おかもと・ひろこ)放送作家・ライター。1980年東京生まれ。学習院大学法学部卒業後、放送作家として「いつみても波瀾万丈」「チューボーですよ!」「余命一ヶ月の花嫁」等を担当。2008年より宝塚歌劇団演出部。2013年退団。