スケートリンクに魚を埋めていた北九州のテーマパークの「失敗」


茂木健一郎[脳科学者]

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北九州市のテーマパークが「スケートリンクに魚を埋めていた」というニュースには驚いた。北九州は私の母親が育ったところで、子どもの頃から何回も行っており、このテーマパークも好きで、応援していただけに、残念に感じた。

一つ思ったのは、九州の人は東京の人が想像できないくらい魚に慣れているから(自分たちで釣るし、食べるときもキレイに食べる。子どもの頃から、母親の焼き魚の食べ方を見て、「凄いな、マエストロ!」と思っていた)、今回のことも、魚に対する感覚の違いがあるのかもしれない、と思った。

それにしても、子どもたちもたくさんくるスケート場で、魚をたくさん埋めて、その上を滑るようにしたら、世間の反応がどのようなものか、シミュレーションはできたはずだと思う。今回の件は、企画、営業の問題として、「失敗」だったと言えるだろう。

テーマパークは、ファンタジーを扱う場所だと思うが、ファンタジーの世界では、魚たちを人間のように扱うのが文法である。たとえば『ファインディング・ニモ』でも、『ファインディング・ドリー』でも、魚たちはまるで人間のように振る舞っている。

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『ファインディング・ドリー』は、はぐれてしまった親を探す物語だが、実際の魚は、もちろん、そんなことはしない。そもそも「親子」という観念がない。卵を生んで、卵から稚魚がかえって、勝手に泳ぐだけである。「子育て」をする一部の魚をのぞいては。

魚の寿命は長くないから、はぐれたドリーが親魚を探しても生きているとは限らないし、そもそも、親かどうか、子かどうかも認識できないだろう。『ファインディング・ドリー』の中で、「親はどこだ」と言って、「どれでも適当に選んだら」というシーンがあったが、あれが実際のところだと思う。

氷の中に魚が埋まっている、というのはリアリズムとしては大したことがなくて、魚屋さんなどで頻繁に見るところだが、夢を売るテーマパークとしては、魚を人間扱いしなくてはならない。そのあたりの見極めが、今回はできなかった、ということだろう。ファンタジーは、本気でやらないと失敗する。

(本記事は、著者のTwitterを元にした編集・転載記事です)

 

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茂木健一郎

茂木健一郎(もぎ・けんいちろう)脳科学者。株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所上級研究員。1962年10月20日、東京生まれ。東京大学理学部、法学部卒業後、東京大学大学院理学系研究科物理学専攻課程終了。理学博士。理化学研究所、ケンブリッジ大学を出て現在に至る。「クオリア」(感覚の持つ質感)をキーワードとして脳と心の関係を研究するとともに文芸評論、美術評論にも取り組んでいる。