<言葉の意味以上の《想い》を伝える>耳の聞こえない映画監督・今村彩子さんの生き方


榛葉健[ テレビプロデューサー/ドキュメンタリー映画監督]

***

日本の優れたドキュメンタリー映画を一挙上映する、国内屈指のドキュメンタリー映画祭が大阪にあります。毎年8月に開催している「ヒューマンドキュメンタリー映画祭≪阿倍野≫」。上映する作品の全監督をゲストにお招きするのが慣わしです。

12年目の今年、そこで一つの奇跡が起きました。

今年初参加した名古屋の今村彩子監督は、聴覚にハンディを持ちながら映画を制作している女性です。今回上映した『架け橋〜きこえなかった3.11〜』は、東日本大震災の際、彼女のような聴覚障がいの人には避難誘導のサイレンが聴こえず、「いのち」のリスクが高まる問題を問いかけた作品で、社会が見落としがちな面を浮き彫りにした力作です。

上映後の舞台挨拶で彼女は約400人の観客を前にマイクを持たず手話で “想い”を観客の皆様に伝えました。その動きを、手話通訳者がマイクで代弁しました。そこまでは各地の上映会と同じやり方。ところが、2時間後の女性監督3人と筆者とのトークライブでは、今村監督は手話通訳を介さず、生の声で思いの丈を語ったのです。

実は楽屋での打合せで、筆者はひとつの投げかけをしました。

「もし、今村さんの気持ちがOKなら、ご自分の声で座談会をしませんか?」

というのは、楽屋では彼女の肉声は、こちらが意識を集中すれば、理解できたからです。今村さんは、生まれた時から聴覚にハンディがあり、「自分の発音は他の人には聴き取りにくいので、手話通訳を通した方が内容が伝わる」と考えていました。

ただ筆者は、生の舞台では、会話を情報としてお客様に理解してもらうことよりも大切なことがあると思いました。

「この阿倍野の映画祭のトークは、あなたの《心》を伝える場です。発音が少し聴き取りにくくても、あなたが発する表情や空気、しぐさ…、いろいろなものがすべて合わさることで、言葉の意味以上の《想い》が伝わるはずです。やってみませんか?」

しばらく考えた今村監督。笑顔で応えました。「やります。やってみます …!」 すかさず、辺りの映画祭スタッフから、「おおおぉ~、すごい!」  歓声が上がります。

そして本番。私たちの発言は、手話通訳を通して彼女に伝わります。そして彼女は言葉を選びながら、自分の声でゆっくりとしゃべります。彼女はその中で、自分が映画監督である意味と、障がいを抱えて生きることへの《想い》を語ってくれました。

「私は最初は、命に関わる情報に格差があってはならないということを、一人でも多くの人に伝えたいと思って、映画を作ったんです。でも、日ごろ映画で 『聴こえない人たちが普段困っている』と言い続ける自分に、次第に疑問が湧いてきたんです。 これまで何度も、音の聴こえる人たちから、『私たちに出来ることは何ですか?』と聞かれたことがあり、それを繰り返すうち、『聴こえない私たちにも出来ることがあるんじゃないか』と思えるようになってきた。  聴こえない人たちは、他人に求めることが多いのですが、『求めるだけでは格差は埋まらない』と思ったんです。 私は、『聴こえる人が出来なくて、聴こえない人が出来ることって何だろう?』と思うようになりました。  周りで何をしゃべっているか分からないことで 却って良いこともあるんじゃないかとか、どれだけうるさくても、どこでも寝られるとか、周囲で何があっても、集中して本を読めるとか…。  集団生活や合宿で、隣の人のイビキが聴こえないのも長所だし(場内笑)、道路工事のようにうるさい現場でも 私たちなら、耳栓無しで仕事が出来ますよね(場内爆笑!)」

ユーモアを交えた今村監督の話に、ホールが温かい空気に包まれました。そして彼女は続けます。

「20歳代の頃は、世間に対して、ろう者の代表のような立場で動いていたのですが、今は、背負っているものを外したいな…。自分にできることをして、誰かのためになりたいと思うんです」

その時、大ホールがうねりました。静かに話を聞いていた観客の皆さんから大きな拍手が起きたのです。彼女は、嬉しそうにそれを眺めていました。音は聞こえないけれど、目の前の400人の人たちが満面の笑みで手を叩いている姿を。

「今村さん、分かります? 皆さん、すごい拍手をして下さっていますよ」

「うん、わ、か、り、ま、す」

トーク終了後、今村監督が打ち明けてくれました。

「実は大勢の前で、自分の声で話をするのは、人生で初めてだったんです。ドキドキしたけど、やってよかったです。これからは、聴こえる人には 自分の声でしゃべってみたいと思います…」

この日の今村監督は、彼女自身が映画の主人公のようでした。こんなに素敵な阿倍野の映画祭、同じことが2度生まれることはありません。一発勝負のライブと一緒。来年、また新たな“奇跡”が生まれる瞬間を、多くの皆さんに体感してほしいと願っています。  日本のドキュメンタリー映画は、やっぱり奥が深いです。 (2014年8月23日 大阪にて)

【参考】ヒューマンドキュメンタリー映画祭《阿倍野》2014】▼開催日:2014年8月22日(金)~24日(日) ▼会場:大阪・阿倍野区民センター大ホール▼主催:ヒューマンDFプロジェクト(※当映画祭を運営する、大阪の市民ボランティア)▼公式サイト:http://hdff.jp/

 

【あわせて読みたい】

 

The following two tabs change content below.

榛葉 健

榛葉健(しば・たけし) テレビプロデューサー、ドキュメンタリー映画監督 1963年東京生まれ。1987年、在阪民放局入社。さまざまなジャンルで幅広くドキュメンタリーを制作し、日本テレビ技術協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞などを受賞。世界最高峰チョモランマの取材では、登山家たちが放置する大量のゴミを世界のテレビで初めて告発。1995年以降、阪神・淡路大震災関連のドキュメンタリー14本を制作。そのうち『with…若き女性美術作家の生涯』は、「日本賞・ユニセフ賞」「アジアテレビ賞」など数々の国際賞を受賞。東日本大震災の発生後は、私費で宮城県南三陸町や気仙沼市などに通い続け、映画「うたごころ」シリーズを制作。全国の劇場をはじめ各地で上映の輪が広がっている。