『岸辺のアルバム』『ふぞろいの林檎たち』『想い出づくり』の名匠、鴨下信一の演出技法(全3回その②)


高橋秀樹[放送作家]・水留章[テレビ制作会社 社長]

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その①はこちら

鴨下信一さんに演出論を聞きに行ったのは、メディアゴン主筆、高橋(僕)と友人の水留だ。

鴨下さんは2人を目の前にすると間髪入れずに喋り出した。

「職業指揮者という人がいるんですよ。そのさきがけは、ハンス・フォン・ビューロー(Hans Guido Freiherr von Bülow)という人なんですが、ドイツの人で、ピアニストでもあったんだけど、ビューローが登場するまで、作曲家と演奏家の分業化は明確でなく、オーケストラの指揮は作曲家自身によることが多かったんです」

来た。僕の全く知らない知識である。これが、知識で役者をねじ伏せる演出法か。しかし、ねじ伏せようという感じは全くない。鴨下さんは満面の笑みである。僕が、頭の中で、(そういえば、英語では、istという職業の人は、狭い範囲のことをやり、erや orのつく人は総合的なことをやる、doctorと dentistの違い。つまりpianistから conductorが、生まれたんですね。)などと、方向違いの知識で対抗しようと、文章を組み立てていると、そんな暇もなく話は進んでゆく。知識で対抗するのはあきらめよう。

「18世紀から19世紀にかけて、劇場には楽長(カペル・マイスター)という人がいて、稽古をつけ、公演をし、演目を更新しました。指揮者としてだけではなく、楽団や宮廷や市の作曲家や編曲者でもありました、ハイドンやサリエリもそうです」

「その当時の楽曲は書きおろし、バッハやモーツァルトも自分の曲は自分で楽長となって、やりました」

「それが、途中から、レパートリー・システムというのが出てきた。昔の曲、つまり、クラッシックにいい曲が、たくさんあるのだから、それもやろうということになった。他人の曲だから、それを楽譜を読んで解釈しなければならない。学殖がなければならない。そういうことで、職業指揮者が生まれたんですね」

水留は、うんうんとうなづきながら、聞いている。僕は、メモを取るので精いっぱいだ。鴨下さんも水留も東京大学文学部という、浮世離れした大学を卒業している。浮世離れに現実はかなわない、という妙な負け惜しみが頭に浮かぶ。いや、もしかしたら、現実は、浮き世離れに勝つのではないか。

ドラマのプロデューサーというのは浮き世離れ〈脚本家〉と現実〈演出家〉の翻訳者、橋渡し役なのではないか。かっこよく言えば異界に飛びがちな演出家を引き戻す役目。能は夢幻の世界と言うが、などと関係ない無駄知識も頭の中を駆け巡る。鴨下さんが言葉を継ぐ

「職業演出家も同じような経緯で生まれました。たとえば今はドイツの18世紀で、17世紀のシェイクスピアの戯曲を上演しようとする。でも、昔の言い回しで書かれた英語の台詞で、翻訳しても風俗・歴史がわからない。言葉になっても、細かい意味がわからない。そこを解釈して劇に仕立てる。それが演出家の始まりです」

「たとえばドイツでシェイクスピアの「ハムレット」。ほかは全部ドイツ語に訳し手、演るけれど、あの有名な台詞-To be or not to be, that is the question.-だけは、どうドイツ語に訳したらいいかわからない。そういうときに、エエイ、そのまま英語でやっちゃおう、言い方で雰囲気は伝わるだろう。そういう解釈の決定、この場合は解釈放棄ですが、次々に決定を下してゆく。それが職業演出家の役目です」

水留が、言葉をさしはさむ。

「Come on a my house,my house baby. ここは調子がいいから英語のままやっちゃおう、日本で訳詩するときでも同じですね」

「そうそう」と鴨下さんが微笑む。

僕がまとめる。

「つまり、演出家に必要なのは解釈力と、決断力」

「それは必要ですね。それからね」

というと鴨下さんは、フフと思い出し笑いをしたように思えた。

(その③につづく)

 

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