<バラエティ番組のテロップは誰のため?>テレビのテロップ過剰が若者の「聞く力」を奪う


黒田麻衣子[徳島テレビ祭スタッフ]

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前回の記事で、若者のコミュニケーション手段の変化について、「文字言語への依存が高まっている」と書いた。

筆者は、このことと「テレビのテロップ」は無関係ではないと考える。この20年で「テレビのテロップ」は大幅に増えた。特にバラエティ番組でその傾向は顕著である。最近のバラエティ番組は「笑いどころ」をわざわざ文字にして懇切丁寧に視聴者に「教えて」いる。

そもそも、テロップの役割とはなんだったのか? 筆者はメディアの仕事をしているわけではないので、一視聴者としての「イメージ」でしか語れないが、もともとテロップは、報道番組で使用されていたものだと思う。

「今、何のニュースを報道しているのか」を「ながら視聴」、途中からでも視聴者にもわかるように示したものだったのだろう。ドラマでは、「いつ」「どこで」「だれが」という基本設定を示すためであった。ともに、リアルタイムの画面から受け取りきれない付加情報を補う働きであったように思う。

いつしか、報道番組におけるテロップが「補う」から「要約」に変わっていった。忙しい朝、ゆっくりテレビを見ていられない人々に対して、「ながら視聴」に応えるテロップは視聴者の立場に立った番組作りの工夫だろう。

では、バラエティは? バラエティ番組におけるテロップは、何のために存在するのか。なぜ、バラエティにこれほどテロップが増えてしまったのか?

果たして、報道やドラマと同じように「視聴者のため」だろうか? 筆者は、違う気がする。バラエティのテロップは「ここで笑って!」と視聴者に訴えているようにさえ感じる。文字にしないと笑いが取れないと思っているのだろうか? 音声言語では伝わりきらないと思っているのだろうか? それとも、作り手の「笑いのツボ」を押しつけているだけか?

いずれにせよ、そこには作り手の、視聴者の聞き取り能力に対する不信感が透けて見える。より「わかりやすく」伝えようとして付けるのがテロップだ。バラエティは、本来なら映像と音声で伝えるべき「笑い」を文字化しているのだ。そこには、受け手である視聴者、とくにバラエティを見ているであろう若者層の「聞く力」の低下が影響しているのであろう。

コミュニケーションの多くを、メールという文字言語に拠っている世代に「笑ってもらう」ためには、テロップが必要不可欠となってしまうのであろう。事実、高校生達はこのテロップを「親切」と肯定的に捉えている向きがある。

しかし、もともと音声言語での芸であったハズのやり取りを文字化して笑ってもらえたところで、本質的に、その「芸」は成立したと言えるのか? 筆者にははなはだ疑問である。

[メディアゴン主筆・高橋のひとこと]ご推察の通り、バラエティのテロップはここで笑え、という印です。親切すぎるテロップは想像を楽しむちからも奪ってしまうのではないかと、心あるテレビマン、テレビウーマンは思っているはずです。正確に「カメラ」と発音しているのに「ガメラ」という巨大テロップを入れて笑いを取るなどの手法もあったりするのは嘆かわしいことです。

 

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黒田麻衣子

黒田麻衣子(くろだ まいこ) 徳島テレビ祭スタッフ。もと高校国語教師。ドラマ好きのアラフォーおばちゃん。「平安時代文学の広報部長」。現在、徳島に高校生・大学生の社会体験を支援する団体『ソーシャル・ポート』設立準備中。