<イスラム国人質事件・冷静で客観的な視点を>受動喫煙の死亡者7000人と「人質2人」の命の重みをどう考えるべきか?


藤本貴之[東洋大学 准教授・博士(学術)/メディア学者]

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2億ドル(約235億円)の身代金が要求されたイスラム過激派組織「イスラム国」による日本人人質事件。「人命第一」としつつも「テロには屈しない」とする安倍政権の対応に注目が集まっている。

国内メディアでは、当然のことながら「人命軽視」と取られるような情報は発信できない。そのため、「テロリストとは一切交渉しない」という原則に立つアメリカ政府や、「身代金を払わない」と明言したイギリスのあり方などを参照しつつ、「人命第一で交渉を」とか「難しい判断を迫られる」とか「人質解放に向け最大限の努力を尽くすべき」などといった慎重な論調が目立つ。

もちろん、どのような状況であれ、人命が尊重されることは当然であり、また、思想や立場のいかんを問わず、テロリズムや暴力は決して肯定できない。しかしその反面で、踏み込んだオピニオンを発しない既存メディアやジャーナリズムのあり方を苦々しく思っている人は少なくないだろう。

そのような中、評論家・石平氏がツイッターで興味深いメッセージを出した。

「日本人人質事件、一部の左翼はまたもや『何よりも人命は優先すべきだ』との論理を振りかざしているが、それはだたの偽善だ。日本では毎年、四千人以上の人命が交通事故で失われるのは誰でも知っている事実だ。しかし『四千人の人命は何よりも優先』といって皆で車を止められるのか、できないはずだ。」(2015年1月22日)

人命尊重か国益・国際協調重視か、という議論はさておき、「人命の重さ」を冷静に数字で比較して考えた点は、これまでのメディアの人質事件報道ではなかった見方だ。

2014年の交通事故発生件数は57万3465件、負傷者数は70万9989人、死亡者数は4113人である。年間約4000人という死亡者数は、2014年の交通事故死傷者の約0.6%に相当する。誤解を恐れずに書いてしまえば、0.6%の比率は、少なくとも我が国の自動車を廃止できないコンセンサスのとれた「重さ」ということなのだろう。

交通事故と同じような事例は他にもある。

例えば、2010年に厚生労働省が発表した報告によれば、タバコの受動喫煙が原因となって発症した「肺がん」や「心筋梗塞」などで、年間約6800人が死亡しているという。「交通事故死4000人」よりもさらに多い人数だ。しかも、本人の意図や生活習慣とは無関係な受動喫煙による死亡である。

年間7000人近い人が、自分が吸ったわけではない受動喫煙によって「殺されて」いる。数字的には大虐殺と言っても良い数だ。そう考えれば、今すぐにでも、タバコは違法化されてしかるべきであるように思うが、現実はそうはなっていない。喫煙による死亡者約13万人に対して、受動喫煙による殺害7000人という数値(5.2%相当)は、「分煙を推進する」数値ではあっても、「喫煙を非合法化」する数値ではない、という理解なのだ。

さて、外務省が発表している「海外邦人援護統計」によれば、2013年の「海外における事件・事故等に係わる総援護対象者数」は、1万9746人である。今回の人質となった援護対象者数「2人」という数値は、0.01%に相当する。この数値をどう考えるべきか?

その是非論はともかくとして、現象は数値化すると途端に客観化される。もちろん、全てを数値で比較することが良いとも思わないし、妥当性を欠く場合もあるとは思う。しかし、それでも、事実を客観的に捉えるためには不可欠なことだ。

何よりも、数値化することで、石平氏の指摘するような「偽善」もはじめて浮かび上がる。確かに、そこには「偽善」と言われても仕方のない矛盾があるように思う。単純に「人命尊重」を主張することは簡単だが、それを伝家の宝刀にすることで、より大きなリスクを誘発させる危険性があると筆者も思う。

もちろん、今回の人質事件をどうかんがえるか、安倍政権はどう対処すべきか、については人それぞれに考えや意見はあるだろう。しかしながらどんな考えであったとしても、数値化とまでは言わないが、まずは目の前で起きている事件・現象を冷静かつ客観的に観察して考えてみることが重要である。

 

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藤本貴之(ふじもと・たかゆき) 東洋大学総合情報学部・教授(情報デザイン論・メディア構造論)/北陸先端科学技術大学院大学・教育連携客員教授/藤本情報デザイン事務所・執行役員/JAGDA正会員/最先端のメディア研究・メディア技術の知見から、アカデミズムの枠を超え、企業や自治体などを対象としたメディア設計や情報発信戦略など、数々の実践的なプロジェクトを手がけている。主な著書に『だからデザイナーは炎上する(中央公論新社)』『情報デザインの想像力』『脳にアイデアを思いつかせる技術(講談社)』『映像メディアのプロになる!(河出書房新社)』など、多数。