<平成というクソみたいな時代の中で>「我こそは平成のヒーローである」と名乗り出るニッポン人は、どこにもいないのか?


原一男[ドキュメンタリー映画監督]

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「平成のヒーロー探し」の一環として完成させた映画『結い魂ーゆいごん』。この超満員の上映会場で、私は、懸命に口説いた。口説きながら私の中で、おぼろげながら、ある方向性が見えてきたような感じがし始めてきた。

ニッポン人の一人ひとり、自らがヒーローたり得る生き方を求めて、自己改革を遂げようとしないかぎり、この閉塞状況はうち破ることはできない、と。

繰り返すが、昭和の時代、私は、「突出した個=スーパーヒーロー」と出会い、そして、映画化をしてきたわけだが、それは「突出した生き方」を受け入れる余裕が、時代の中にあったと思うのだ。だが、平成になって、日本はスーパーヒーローという生き方を受け入れる余裕が消失してしまった。

余裕が雲散霧消したゆえに、スーパーヒーローという生き方もまた、成り立たなくなってきた。ヒーロー不在という現実に戸惑ってきた私は、何故? と考えてきたわけだが、それは、ニッポン人の生き方自体が、昭和から平成へと時代が変わる中で、変質してしまったと思うしかなかったのだ。

変質。・・・そう、それだけ抑圧がキツクなってきた。例えばだが、奥崎謙三という突出した生き方を、平成という時代に「神軍」としてアクションしようとしたら、たちどころにネットを中心に悪態が飛び交い、身動きできなくなっただろう。そう思う。

私は熱を込めてアジッたが、全然、なしのつぶて。反応なし。私の投げたボールを、誰一人、受け止めようとせず、遠くへコロコロ転がって行き、どこかへと消えてしまった。

いったい平成という時代は、どうなってるんだ? こんなクソみたいな時代の中でニッポン人は、どうしちゃったんだろう? 我こそは平成のヒーローである、と名乗り出る気概のあるニッポン人は、どこにも、いなくなってしまったわけなのか?

 

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原一男

原一男(はら・かずお) ドキュメンタリー映画監督。1945年生まれ。疾走プロダクション所属。1987年の映画「ゆきゆきて、神軍」は、ベルリン映画祭カリガリ映画賞、シネマ・デュ・レェール・グランプリなど、数々の賞を総なめ (奥崎謙三は、かつて自らが所属した独立工兵隊第36連隊のウェワク残留隊で、隊長による部下射殺事件があったことを知り、殺害された二人の兵士の親族とともに、処刑に関与したとされる元隊員たちを訪ねて真相を追い求める。) 小説家・井上光晴の晩年5年間を追いかけたドキュメンタリー映画「全身小説家」は、1994年のキネマ旬報ベストテン1位・日本映画監督賞、毎日映画コンクール日本映画大賞。