<続・生きてやろうじゃないの!>東日本大震災と被災者家族の記録(7)1時間のドキュメンタリー番組になった我が家の記録


武澤忠[日本テレビ・チーフディレクター]

第1回第2回第3回第4回第5回第6回

***

翌日、母を伴い再び母が育った新地町へ。5月に来た時、瓦礫に埋め尽くされていた大地には、今は雑草が生い茂っていた。

まばゆく輝く緑に目を細め、母はつぶやく。

「雑草は踏まれても踏まれても立ち上がる。それが雑草の運命・・・人間だって立ち上がらなきゃね。」

久しぶりに聞いた母の前向きな言葉に、カメラを回しながら思わず涙があふれそうになった。そしてその日の母の日記にはこう書かれている。

「おーい、雲よ・・・あの日の雲ではないだろうけど、あの日の私でもないんだよ。あれから・・・しっかり、生きてきたんだよ。塩水にも負けずに雑草が生き延びた。虫も生きている。ならば、人も生きなければ・・・」

震災から1年。撮り続けた我が家の1年間の記録は、1時間のドキュメンタリー番組になった。

「リアル×ワールド ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日」(2012年3月放送・番組審議委員会推薦作品・平成24年度文化庁芸術祭参加)

テレビディレクターである息子が、震災で被災した母を撮り続けながら「家族とは何か」を自らに問いかけるセルフドキュメンタリー。原発による風評被害や親との確執など、すべてをさらけだしてつくった。

この番組は、こんなナレーションで始まる。

「これは震災のドキュメンタリーではない。震災でも壊れなかった、家族の絆の物語」

そして番組の最後は、母のこんな言葉で終わる。

「生きなきゃいけない運命なら生きなきゃね。だけど生きるってことは、辛いこともあるよ・・・死んだ方が楽だと思うこともあった。でも、いま、生きる方向へ向かうのよ。生きてやろうじゃないの!」

ある種、極めて特殊なこのドキュメンタリーは大きな反響をよんだが、中でも注目されたのが番組で引用した母・順子の「震災日記」だった。誰に読ますためでもなく、赤裸々に綴られた78歳の被災者の心情が、多くの視聴者の共感を呼び、やがて出版社から書籍化の依頼がくる。

そして2012年7月、「生きてやろうじゃないの!79歳 母と息子の震災日記」(武澤順子・忠、青志社)が上梓された。

(※本記事は全10回の連続掲載です)

 

【あわせて読みたい】

The following two tabs change content below.

武澤忠

武澤忠(たけざわ・ただし)日本テレビ放送網株式会社 チーフディレクター2011年より東日本大震災で被災した福島の実家をカメラで記録し続ける。2012年3月、それを一時間のドキュメンタリー番組として放送。(「リアル×ワールド ディレクター被災地へ帰る 母と僕の震災365日」平成24年度文化庁芸術祭参加、番組審議委員会推薦作品。以降シリーズとして放送)。その後「生きてやろうじゃないの!79歳 母と息子の震災日記」(武澤順子・忠 著 青志社)を上梓。現在「ザ!世界仰天ニュース」などを担当する傍ら、復興支援講演などを各地で行っている。