郵政民営化という名の究極売国政策を糺す -植草一秀

植草一秀[経済評論家]

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日本社会が急激な劣化を始めたのは2001年からだ。小泉政権が誕生し、経済の弱肉強食化が推進された。経済的な勝者は決して「がんばった人」ではなかった。政治権力を不正に利用した「よこしまな人」が濡れ手に粟の不当利得を得る構造が構築されたのである。

「民営化」と表現すると聞こえは良いが、実態は公的事業の「営利化」、「利権強奪」である。

「民でできることは民に」のかけ声で推進された「郵政民営化」がどのようなものであったのか。現時点で総括する必要がある。郵政民営化法が制定される際に、「かんぽの宿」売却が法律に潜り込まされた。「かんぽの宿」をオリックス不動産に破格の安値で払い下げるプロジェクトが密かに進行したのだ。

かんぽの宿79施設をオリックス不動産が109億円で取得する寸前まで事態は進行した。売却される79施設の1施設に過ぎない「ラフレさいたま」だけで時価は100億円相当というものだった。詳細は割愛するが、はじめからオリックスに払い下げることを仕組んだ「出来レース」であった疑いが濃厚だ。

「民営化」の名の下に私腹を肥やそうとする勢力が蠢(うごめ)いていたと見て間違いないと判断できる。間一髪のところで不正払い下げは未遂で済んだ。この「かんぽの宿」払い下げを推進したのが日本郵政の「チーム西川」である。

日本郵政社長に三井住友銀行の西川善文頭取が起用された。西川氏とともに三井住友銀行から出向した者などが中心になって「チーム西川」が編成され、この不正払い下げ事案が推進された。その「チーム西川」の中心人物が横山邦男氏だった。

日本郵政における横山氏の「実績」はこれだけではない。日本郵便に900億円を超える損害を与えたJPEX事業失敗でも中核的役割を果たした。横山氏はこれらの「実績」をあげたのちに銀行に戻ったが、経営企画担当の専務執行役として日本郵政に勤務中も、横山氏は三井住友銀行の社宅に住んでいた。

当時の日本郵政はまだ完全な公的機関である。その公的機関の要職にある者が一私企業の職員であれば、当然、重大な利益相反問題が発生し得る。横山氏は日本郵政に重大な損失を与えて銀行に戻ったが、第2次安倍内閣が発足して日本郵便社長に抜擢されたのだ。その日本郵便が保険販売で史上空前の不正を行ったことが明らかになっている。

保険販売を担当したのは日本郵便の職員である。日本郵便社長の横山邦男氏が最大の責任を負う。横山氏が引責辞任に追い込まれるのは時間の問題と見られるが、これが「郵政民営化」のなれの果てなのだ。郵政民営化は、そもそも米国が、日本郵政グループが持つ有形無形の巨大資産に目をつけて、これを収奪するためのプログラムだった。

この指令を受けたのが小泉純一郎氏である。米国はその執行役として米国のエージェントである人物を郵政民営化担当相に指名した。米国は同時に日本の金融機関の収奪プロジェクトも進めていた。この件についても米国は、その執行役に米国のエージェントである人物を金融担当相に指名したのだ。

自己資本比率に関するルールを突然変更する方針が示されたときに、烈火のごとく怒りを示したのが三井住友銀行の西川善文氏だった。しかし、金融担当相は西川氏と米ゴールドマンサックス最高幹部を引き合わせて自己資本不足に対応する資金調達を斡旋した。

この時点から西川氏の態度が一変した。小泉政権に正面から異論を唱えた人物が頭取を務めるりそな銀行が標的とされ、「風説の流布」、「株価操縦」、「インサイダー取引」という巨大な犯罪的行為によってりそな銀行が乗っ取られた。この悪魔のプロジェクトの邪魔になった関係者が2名も不審な死を遂げた。

「郵政民営化なれの果て」の一つの断面がかんぽ生命保険不正販売事案である。日本郵便はすべての保険商品の販売を自粛したが、たったひとつの例外がある。米国アフラック生命の保険商品だけ、いまなお販売を続けているのだ。日本は完全に腐り切っている。

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