<「コメディ」と「コメディ・タッチ」の違いは何か>ドラマ「ハッピーリタイアメント」佐藤浩市の芝居に脱帽


高橋秀樹[放送作家/日本放送作家協会・常務理事]

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「下町ロケット」(TBS)の陰に隠れて視聴率は振るわなかったが、「ハッピーリタイアメント」(テレビ朝日)は秀作ドラマであった。浅田次郎の原作を見事に脚色して全く違う結末に持って行くところは脚本構成の成功であると言えよう。

まず、主演の金融庁銀行局ノンキャリア(課長補佐)役の佐藤浩市の演技がすばらしい。「コメディ・タッチ」に持って行こうという全体の演出意図の中にあって、ことさら面白そうな演技をせず、自然体に徹している点などはさすがだ。

さて、本ドラマを見ていて、「コメディ・タッチとは何か?」について考えさせられた。筆者は現代の劇においては、「コメディとそれ以外」の2種類しかないと考える。そこで今回は「コメディ」と「コメディ・タッチ」の差について書いてみたい。

シェイクスピアの時代(1564〜1616)、劇は「コメディ」(comedy)と「悲劇」(tragedy)に2分類されていた。もちろん、現代ではそんな単純な二分割では当てはまらない。しかし「コメディ」は、明らかに他の劇と目的も印象も異なると考える筆者は、「コメディとそれ以外」に分類している。

ところで、コメディではないが、それに似た言葉である「コメディ・タッチ」(comedy touch)とはなにか。

タッチはtouchのことであるから、ピアノのキータッチという言葉があるように、調子・手触り・感覚、ということである。つまり「コメディ・タッチ」とは、物語の基調となる雰囲気が喜劇的(コメディ的)であること、あるいは、滑稽で笑いを誘う調子。悪く言えば完全な喜劇ではないけど、それに近い、ということである。

完全な喜劇ではないけど、それに近い劇の作り方については評価できない。なぜなら、面白そうにはつくってあるけれど、やはり「面白くない」ことが多いからだ。「コメディ・タッチ」はやめて「コメディ」に徹すれば良いのにと思わされる作品は少なくない。

チャップリンの「街の灯」(1931)を「コメディ・タッチ」という人はいないだろう。言うまでもなく「コメディ」そのものだからである。好き嫌いはあるかもしれないが、世界を代表する「コメディ」だ。スティーヴ・マーティン主演、チャールズ・シャイア監督の「花嫁のパパ」(1991)などもそうだ。

ただし、興行的な事情を考えると、チャップリンの時代には圧倒的な動員力を誇っていた「コメディ」も「花嫁のパパ」(1991)の時代になるとだいぶ旗色が悪くなる。

「コメディは客の入りが悪い」

という悪しき神話が日本にはある。また、実際に実績も伸ばせないこともあるのだろう。例えば、れっきとした「コメディ」である、フランソワ・クリュゼ、オマール・シー主演「最強のふたり」(2011)さえも、「コメディ・タッチで描く」などと宣伝されていたぐらいだ。

だから「コメディとコメディ以外」にわけて考える筆者としては、テレビ朝日「ハッピーリタイアメント」を「コメディ」として見た。「コメディ」として見ると気になる点が浮かび上がってくる。

通常コメディでは、コメディとしての演技を強調することが許されるのは主人公を含めた数人のみである。残りの役者はそれを強調する普通の演技をしなければならないと考える。チャップリンの映画にもスティーヴ・マーティンの映画にも渥美清の映画にも、彼らよりおかしい演技をする人は必要が無い。

ところが、「コメディ・タッチ」という免罪符を得ると他の役者までがことさら強調したコメディ演技をするのである。当該ドラマで言えば、浅野温子、八嶋智人である。これらの人は演技力があるので演れてしまう。本来は、それを演出家が抑える必要がある。

それに加えて、「コメディ・タッチ」になると、キャスティングもおかしくなる。このドラマでもそうだったが、竹中直人、梅沢富美男といった笑いに親和性の高い人がキャスティングされる。かれらは、コメディアンと言っても良い存在で、何がおかしいか、分かっているので、コメディ側に振らない「抑えた演技」をする。主演を面白くする努力をする。このドラマでも同様だった。

こうなると、竹中直人、梅沢富美男と浅野温子、八嶋智人の演技の質の差が際だってしまうのである。

こうした中で「優れているなあ」と感心させられたのは、冒頭でも述べた佐藤浩市の演技だ。彼は台詞を言いに行かない。わかりにくい表現かも知れないが、これは、

「ここに書いてある台詞を言って、笑いを取りにいこうと思わないこと」

と言い換えることができるかも知れない。佐藤浩市の芝居は、「まず演技をして、その演技に台詞を載せる」ことで成り立っている。これは、そうそうできることではないと、筆者は思わず感心した。

 

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